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古伊万里★新伊万里

劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です

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「愛と死をみつめて」40年ぶりのリメイク

 ちょっと古い話になりますが、広末涼子・草ナギ剛コンビで往年の大ヒット作「愛と死をみつめて」がリメイクされ、3月末にTV朝日で放送されました。
 その関連なのでしょう。同局ではその直後に吉永小百合・浜田光夫コンビによる映画版(1964年)も放送されていたため、見比べる良い機会だと思い、すべてを録画。春クールの連ドラ消化の合間を縫って、このたびようやく見終わりました。

 「愛と死をみつめて」は、言うまでもなく“純愛ブーム”のさきがけともいうべき伝説的なドラマです。
 軟骨肉腫という難病に冒され、左眼球と顔半分を切り取られる過酷な手術を受けながらも必死に生き抜こうとするヒロインと、彼女を一途に愛し、支えようとする恋人…。
 皆さん、細かいストーリーは知らなくても、「顔の左半分をガーゼで覆った若い吉永小百合のスチール写真」や「♪まこ、甘えてばかりでごめんね。みこはとっても幸せなの」というスペシャルヒット曲はどこかで目や耳にしたことがあるはず(余談ですが、この歌の出だし、なんか既聴感があるなーと思っていたのですが先日気づきました。「♪あ〜い、それは甘く〜」に激似。騙されたと思って歌ってみてください)。

 この話がこれほどヒットした理由──それは、これが実話に基づいている点にあります。
 みことまこのモデルであるみち子さんと実さんは、今で言う遠距離恋愛であったため、400通におよぶ手紙をかわしています。その書簡集と、みち子さんの手記から材を得て「愛と死をみつめて」はできあがりました。
 たしかに実話であることの重みは、それだけでドラマに力を与えます。
 が、同時に当事者(実さんは私の親と同世代くらいだと思います)がまだ実在しているということが、ドラマ化にあたってさまざまな不自由さを生んでいることも事実です。
 これはこのドラマに限らず、実話をドラマ化するときに必ずつきまとう問題なのですが。
 それでも、映画のほうは書簡集が出版された直後という旬の時期に制作されたものであるのに対し、今回は40年以上経過してからの制作であるため、かなり客観性が生まれていると感じました。
 もちろん、そうでなければリメイクの意味はないのですが…。

 私が興味深かったのは、「病気」に対するスタンスの描き方です。
 映画版は、かなり感傷過多で、いくら若いとはいえ、妙に老成した雰囲気の吉永小百合が自らを「みこ」と呼んでしまうむずがゆさもどうかなと思ったし、「かわいそうでしょ。ほらほら泣いて、泣いて」という匂いにもちょっとひいてしまったんですが、TV版(TV化は今までにも何回かされていますが、今回は昔と今の比較で語っていきたいので、TV版=広末・草ナギ版とお考えください)ではみち子の描き方がまったく異なっていたのが印象的でした。
 一言でいうと、みち子と実の関係性が、「映画版=実がイニシアチブをとり、みち子は実に依存している」であるのに対し、「TV版=みち子がイニシアチブをとり、実はみち子に支配されている」という印象を受けたのです。
 正確に言うと、みち子が手術を受ける決意をするまでは、まだ実がリードしていく部分もあったのですが、手術を受けてからは完全にみち子が精神的に上にたってしまうのです。

 みち子@吉永は、実しか目に入らないし、実にすがりながら必死に生きようともがいている感じですが、みち子@広末は、実を愛しながらも「完全に同じ世界を共有することはできない」という悲しみも知っているように見えます。
 病気の進行とともに、みち子は孤高の存在となっていき、実は「すぐそばにいるのに手が届かない存在となりつつあるみち子」に焦りや不安や気後れを感じていく……そういう描写が非常に新鮮でした。
 なぜなら、これほど過酷な病を背負った人間なら、こうなるのは当然の帰結だと思うからです。

 みち子を前にして何も言えずにただ立ちつくすしかないのは、実だけではありません。みち子の両親も、兄弟も、友人も、同室の患者も、医師・看護師も、みち子を前にして安易な慰めや同情や説教などできないのです。
 「どんな言葉も虚しい」と思ってしまうほど、病と向き合うみち子の姿は壮絶です。みち子と何かを分かち合おうなんておこがましいとすら思えてしまう。ただ逃げずにそこにいるだけで精一杯。自分の無力さに打ちのめされつつ、敬虔な気持ちで付き添うことしかできない。
 TV版では、実をはじめとする周囲の人間のそんなやりきれない思いが無言のまま溢れており、みち子だけがその重苦しい空気に突破口を与えることができる存在のように見えました。

 みち子は、同情をはねつけるように、しばしば実や担当医にサディスティックなからかいの言葉を投げつけ、その反応を見て楽しそうに笑ったりします。
 みち子にいじめられるたびに、周囲の人間は戸惑い半分、安堵半分といった表情になるのですが、みち子の苦しみの吐け口になっていると思えることが彼らに救いを与えていることもたしかだし、それをわかってわざとみち子がそういう態度をとっているという部分もあるのではないでしょうか。
 「広末のみち子は実にえらそうに命令しすぎるのに違和感がある。ちょっと現代的すぎるのではないか」というような感想を耳にしましたが、私はそうは思いません。
 「えらそうに命令する」という表面的な事象だけをとらえてそれを云々するのは無意味です。みち子がどんな思いでそういう態度に出て、実がどんな思いでそれを受け止めているのかを考えなければ2人の関係は読み解けません。

 死を前にしたみち子は、容易に心の内を周囲に見せようとはしません。そんなものを丸ごとうけとめてくれる人間がいるとは思えないからです。
 でもみち子だって人間ですから、誰かに受け止めてほしいと痛切に思う瞬間もあるわけで、その2つの気持ちの間で揺れ続けるのがみち子という役の作りどころです。
 みち子@広末は、「情に溺れない」という一貫したアプローチでこの役を作り上げており、従来の「お涙頂戴モード」とは一味違うドラマになっていたと思います。

 内容からはちょっとずれますが、映画版を観ていてギョッとした箇所がいくつかありました。
 中でも一番驚いたのは「医者がすごく威張っていること」です。
 若い女性が顔を切り取られるという事実に対するデリカシーとか逡巡とか葛藤などは微塵もないし、病室に回診に来るシーンでは、どっかりと腰をおろし(勤務中に座るなよ!)、なんとやにわにタバコをとりだし、患者の目の前でプカプカ喫煙しながら病状説明をするんですよ。思わず画面の中に入っていって殴り倒してやろうかと思っちゃいましたよ。
 しかも、「経済的に大変だから個室から大部屋に移る」という話も、「きみのお父さんは中小企業で経済的に苦しいだろうから」とか病人の前で平気で言っちゃうんですよ。そういうことは「まわりは言わないけど、本人が察して自分から移る」とかそういう運びにすべきでしょう。
 この当時はこういう医者も「特に変だと思わない」くらい普通だったんでしょうかね。

 逡巡といいましたが、映画版は「お涙頂戴モード」のわりには、意外に逡巡の描写が薄くて展開が淡々としています。
 手術を決意するまでもすごくあっさりしているし、手術後の大変な回復期の描写もなく、切り取られた顔についてもすぐに受け入れちゃうんです。
 TV版ではそのへんかなり丁寧に描かれていて、「気管切開されてしばらく声が出ない」とか、「傷がふさがるまで、発音もうまくできなくなる」とか、「トイレでこっそり手術したほうの顔を見てしまい、取り乱す」とか、かなりリアルなんですけど。
 まあ、TV版は映画版の倍の時間を割いているから同列には語れないんですけど、そういうディテールの積み重ねがあるからこそ、みち子の変化も周囲の変化も理解できるようになるんだと思うんですよね。

 このドラマは「純愛もの」であるのと同時に「闘病もの」でもあるわけですが、この40年で病院をとりまく環境は一変したし、「闘病ドラマ」のノウハウも進化しました。2作を見比べて思ったのはその「差」でした。


「愛と死をみつめて」(DVD2006年版)
2006年に放送されたTVドラマのDVD。
出演は草ナギ剛、広末涼子他。
監督は犬童一心。



「愛と死をみつめて」(DVD1964年版)
1964年に放送された映画のDVD。
出演は 浜田光夫、吉永小百合他。
監督は斉藤武市。



「愛と死をみつめて ポケット版」(本)
映画化・ドラマ化のソースとなったミコとマコの書簡集。
ポケット版になって文庫サイズに。



「若きいのちの日記—『愛と死をみつめて』の記録」(本)
みち子さんが亡くなる間際まで書きつづっていた日記。
こちらは手紙には書けなかった自分だけの秘めた思いなどが綴られており、
書簡集とセットで読むとみち子さんの気持ちが立体的に浮かび上がってくる。



「『愛と死をみつめて』終章」(本)
60代になった実さんが、
今、2人のことをあらためて書き起こしたドキュメンタリー。

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プロフィール

HN:
伊万里
性別:
女性
職業:
劇作家・ライター
趣味:
旅行 骨董 庭仕事

著作



「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」

Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!

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