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古伊万里★新伊万里

劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です

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「蕨野行」で語られた姥捨ての意味

 ドラマチェックがまだ終わってませんが、ここでちょっとべつの作品の話を書きたいと思います。
 先ほどまで、東京では珍しい雪が降っていましたが、雪景色が印象的な映画をBS(NHK)で見ました。

 恩地日出夫監督の「蕨野行(わらびのこう)」(2003年製作)。
 芥川賞作家・村田喜代子作品の映画化です。
 じつは原作をこれから読もうと思っているので、読んでから書こうかどうしようか迷ったのですが、こういうものは延ばすとどんどんきっかけを失っていくので、「あくまでも映画を見て思ったこと」ということにして、思い切って今書きます。

 この作品を知ったのは、先日の一葉会公演がきっかけでした。
 東風堂さんの「楽園」は、この作品(原作の小説のほう)にインスパイアされて書かれたものだという話をきいたのです。
 なんでも東風堂さんはこの小説がものすごくお気に入りで、講座時代にもこの作品の脚色を手がけたのだとか。
 東風堂さんによれば、この物語の内容は「姥捨て後日談」であるらしい。
 たしかに、「姥捨て山」の話というと、「年寄りを山に捨てる」という部分がクライマックスになり、そのあと捨てられた年寄りがどうなったかという部分はあまり積極的には語られてこなかったような気がします。ていうか、あまりふれたくないというか、考えたくないというのが正直なところなのかもしれません。

 考えてみれば、雪山に捨てるならともかく、あるいはもう動けなくなった年寄りならともかく、普通はただ山においてきただけでは人間そんなに簡単には死にません。
 そう思うと、「捨てられたあとの年寄りたちがどう生きて、死んでいったのか」という部分を描くというのは、意外にありそうでなかった視点なのかもしれない、と興味をもちました。
 興味をもったんならさっさと原作を読めばいいものを、なんだかんだできっかけを逸してそのまま月日がたってしまったのですが、ある日たまたま映画化された「蕨野行」がTVで放送されることを知り、録画して見ることにしました。
 以下、簡単なストーリーです。

 ときは江戸時代。
 場所は東北の山あいにある架空の貧しい村。
 気候の厳しいその村では、数年に一度、大凶作に見舞われることが避けられないため、口べらしの犠牲として、「赤ん坊」「臨月の女性」「老人」などがターゲットになってきた。
 若くして庄屋に嫁いできたヌイは、姑のレンを母のように慕っていたが、春が近づくにつれて、レンとまわりの家族の様子がおかしくなる。何があるのかきいてもみんな口をつぐむばかり。
 やがてその秘密があきらかになる。

 60歳の年まで生き延びたジジとババは、春になると村を出て「蕨野」に行かなければならないというしきたりがあるのだという。
 蕨野とは、山の中腹にある何もない原野で、村から半里ほど離れた場所にある。
 蕨野で畑を作ることは許されない。
 そこへ入ったジジババたちは、毎日里までおりていって農作業を手伝い、その日1日のみの食料を得て帰っていく。
 そのとき、家族に会っても決して口をきいてはいけない。
 彼らは名前を奪われ、「ワラビ」と呼ばれ、「生きてはいるがすでに死んだ者」として扱われる。
 得られる食料は1日分だけなので、天候が悪くて農作業ができない日は飢えなければならない。足が萎えて山を下りることができなくなったワラビも同様だ。
 残酷な風習にショックを受けるヌイだが、レンは「秋まで生き延びれば戻ってこられることになってるから」と告げて家を出ていく。
 その言葉に希望をもつヌイだが、それはヌイを思いやっての嘘であり、ワラビは二度と里へは戻れないのが掟だった。

 その年、蕨野入りしたジジババはレンを含めて8名。
 村にいたときはさまざまな立場だった8人だが、蕨野に入れば娑婆のしがらみは消えてなくなる。
 8人のワラビたちは、里から食料を調達し、火をおこし、水を汲み、細々と、しかし精一杯力と知恵をふりしぼって生きていく。
 ワラビにとって運命の日は「仕事納め」と呼ばれる日だ。
 年によって違うが、それは遅かれ早かれやってくる。
 「仕事納め」→「もうワラビに手伝ってもらう仕事はないと言われる日」→すなわち里からの食料が断たれる日である。
 その年は例年よりも早く、夏の終わりにそれはやってきた。
 食を断たれたワラビたちは、不浄と言われていた山の獣や川の魚をとって食し、生きられる限り、生きようとする。
 8人いたワラビの数も徐々に減っていき、ボケ始める者も出てくる。
 そうして秋を生き抜いたワラビたちを待っていたのは何もかもを凍らせてしまう厳しい冬だった。
 蓄えができないワラビにとって、冬の到来は100%の死を意味する。
 最後に残ったレンを含む3人のワラビは、吹雪に埋まった小屋の中で静かに最後のときを待つ……。

 ストーリー読んだだけだとめちゃくちゃ悲惨に感じると思いますが、見てもやっぱり悲惨です(笑)。
 悲惨さや生々しさを強調しすぎないようなしかけもあるんですけど(「〜なり」「〜なるよ」という書き言葉のようなちょっと不自然な言葉遣いをすることで、おとぎ話っぽい抑制された雰囲気をかもしだしていることとか)、話のもつ意味が「重い」ので、直接的に悲惨なシーンが出てこなくても、かなり気が重くなります。
 特に、「日々の糧を得るためにいちいち里までおりていく」「定期的に糧を得られる畑は所有できない」というワラビのシステムが、「これってまさにフリーで働いてる人間のシステムじゃないか」と身につまされすぎて正視できない部分があり…。
 「里に下りられなくなったらおしまい」「仕事ないよと言われたら干されてしまう」「本体が危うくなったらまず最初に切られる」というあたり、まさにそのまんまです。
 どの共同体もそうやって帳尻を合わせてるんですよね。
 まあ、「フリーは好んで共同体からはぐれてんだろうが」と言われたらそれまでなのですが。 

 私がすごく気になったのは、「年寄りを捨てて、そのまま放置する」のではなく、しばらくの間はそうやって「最低限生き延びるための糧を与えている」という部分です。
 今までの「姥捨て」のイメージだと、「母ちゃん、ごめん!」と叫んで山に捨ててダーッと戻ってくる。みたいな感じで、捨てたあとも中途半端に面倒をみる(しかも「情を切る」ような奇妙な決まり事の中で)というのがすごく不思議に感じたんです。
 なぜそんなことをするんだろうか。
 「そりゃあそのまま放置じゃかわいそうだから、面倒みられる限りはみてあげようという人道的な処置なんでしょう」と言われるかもしれませんが、どうやらそんな単純なことではないようなのです。
 なぜそう思ったかというと、もう一人、べつの道を選んだ年寄り(シカ)が物語に登場するからです。

 シカはレンの妹で、若い頃、凶作時に臨月になったことで「働かずの嫁」として家を出された。
 シカはそのまま山の中に入って山姥となり、何十年も生きていく。
 そのシカとレンが再会するシーンがあります。
 シカは喜び、「蕨野にとどまれば冬には確実に死ぬ。自分は山を越えたところで生活しているが、そこまでいけば雪も少ないし、生きていける程度の糧も手に入れることができる。そこに来て一緒に暮らさないか」とレンを誘う。
 しかし、レンは断り、あくまでも蕨野で生き続ける道を選ぶのです。

 てことはですよ、村を追い出された人たちが全員死ぬわけじゃないってことです。
 あくまでも村のシステムに組み込まれた形で生をまっとうしようと思うから冬までしか生きられないわけで、「畑作禁止? そんなこと知るか。もう村とは関係ないんだからどこでどう生きていこうがこっちの勝手だっつの」と開き直り、このシカ婆さんのようになれば、生き抜けないわけではないんです。
 じゃあ、なぜレンはその道を選ばなかったんでしょうか。

 ここで年寄りたちを蕨野に送った側の心理を考えてみます。
 彼らを「年寄りを粗末にしてひどいことをするやつらだ」と非難するのは簡単です。
 「姥捨て伝説」から「年寄りを大切にしましょう」という教訓を導き出すのもたやすいことです。
 でも、誰だって好きこのんで自分の親を捨てるわけではありません。
 年寄りたちは、自分たちを助けるために犠牲になってくれたわけですから、捨てたほうはおそらく毎日心の中で手を合わせる気持ちで罪悪感に耐えていたのではないでしょうか(少なくとも、「蕨野行」の世界ではそう思えました)。
 でも、もし本当に追い出した年寄りを確実に生かそうと思うなら、「蕨野」は必要ないと思うのです。
 全員、シカのようにどこか遠くの未知の土地にいって、また新しい共同体を自由に作ればいい。実際、シカはそうやって生き延びてきたわけだし、「他にも私みたいにして暮らしている人たちはいっぱいいる」と言っているのですから。
 じゃあなぜそうやって年寄りたちを解放してやらないのか。

 私は「蕨野」が里から意外に近いということがひとつのキーポイントのように思いました。
 ヌイが「すぐそばにいるのに声をかけることもできないなんて」ともどかしそうにいう場面がありますが、村の人たちは「ワラビの存在を常に身近に感じること」をひとつの試練として自分たちに課しているのではないでしょうか。
 もう二度と会えないような遠い場所に捨てたり、シカのように山の中に追いやったりすれば、その瞬間は心が痛むかもしれませんが、目の前から消えてしまうことで痛みは年月とともに風化してしまいます。
 人間は都合の悪いこと、思い出すとつらくなることは「忘れられる」ようにできているからです。
 シカとレンに違いがあるとすれば、シカは「忘れられたババ」で、レンは「忘れられないババ」ということです。
 毎日、ワラビが里へおりてくるたびに村の人間は自分たちがしたことを思い出さなくてはならないし、その人数が減れば「ああ、あの人はもうダメなんだな」と知らされることになる。
 要するに、山へ追いやられたシカは、その瞬間から「共同体」のメンバーではなくなるけれど、レンは最後まで「共同体」のメンバーとして存在しているということです。
 レンがシカの誘いを断ったのは、最後まで共同体の一部でいたかった、今までの先祖がそうであったように、自分も村のしきたりの中で一生をまっとうしたかったということなんだと思います。

 村の人々に自分たちの生と死を見せることは、次に蕨野へ行く年寄りへの道しるべにもなります。例外をつくればしきたりは崩れ、共同体のシステムは崩壊してしまいます。
 それを表す強烈なエピソードは、最初にレンが蕨野に着いたとき、小屋の中で「水の入った桶」を発見するシーンです。
 木の桶は、水を入れずに長い間放置しておくと、乾燥で隙間ができてしまい、水漏れを起こすようになってしまいます。
 レンは「水の入った桶」を見たとたん、「前の年にここへ来たワラビが、次に来るワラビのために水を入れておいてくれたんだな」と悟ります。
 心遣いといえば心遣いなんですが、新入りのワラビにとっては衝撃的な物件です。
 蕨野入りする春はまだ気候もいいので、外ではジジババたちが「いやー、どんなにおそろしい“あの世”かと思ったら景色もいいし、なかなかいいところじゃないか」などとのんきに言っています。
 これから自分たちが直面する過酷な現実からはなるべく目を背けたい。できれば楽観的に考えたい。ここに送られてきて死んだ人のことなど考えたくない。それは人情として当然です。
 でもレンは小屋の中で「水の入った桶」をみつけてしまう。
 それはまぎれもなくここに「人」が生きていたという痕跡です。
 そんなものがなければ、もう少しの間、目の前のきれいな景色を楽しみ、笑うことができたかもしれないのに、桶は容赦なく現実をワラビたちにつきつけます。
 「私たちを忘れないで」と。

 「水の入った桶」は、ワラビたちに「自分たちの運命」を実感させ、里におりてくるワラビは村の人間に「自分たちもやがてはたどる道」を実感させる。
 それに伴う痛みや恐怖や悲しみに耐えることが、彼らにとって「生きる」ということなのです。
 そのために「蕨野」は必要なんですね。
 その「痛み」がなければ、人はどこまでも利己的になり、自分のために誰かが犠牲になることも当たり前だと思ってしまうからです。

 「蕨野」のシステムは「ゆるやかな死」を老人たちに与えます。
 その「ゆるやか」という部分に、いろいろな意味あいや効果が含まれているんでしょうね。
 考えてみれば、年金暮らしの老人が、保険料の負担増で「病気になっても病院にもかかれない」というシステムは、「蕨野」とどう違うんでしょう。
 システムとしては同じでも、「蕨野」に送られた人の存在を無視する、いないことにする、忘れようとする点では現代はもっと残酷です。
 見えない「蕨野」に突然送られたとき、はたして私たちは「ゆるやかな死」を受け入れることができるのでしょうか。


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プロフィール

HN:
伊万里
性別:
女性
職業:
劇作家・ライター
趣味:
旅行 骨董 庭仕事

著作



「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」

Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!

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