古伊万里★新伊万里
劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です
満点出さなきゃ……祟るぞよ!
引っ越し話題が続いていましたが、ここらでひとつ違う話題を。
今、世界フィギュアと世界水泳が連日放送されていて、夜の外出ができません(泣)。スポーツを録画で観るくらいつまんないものはないですからね。
で、昨日は「フィギュア男子フリー」と「シンクロソロ決勝」といういずれも大一番だったわけですが、両方とも鳥肌ものの熱戦で大興奮でした。
フィギュア男子は、「一人でべつの場所でなんかやってる」というくらいかけ離れた存在になってしまっていたプルシェンコがいなくなって以来、混戦状態が続いています(しつこいようですが、個人的にプルシェンコのスケートは好きになれないので、今のフィギュアのほうがおもしろいです)。
メダル候補の選手たちを見ていると、そのタイプは大きく2つに分かれるようです。
ひとつは「とにかくジャンプが得意!」という選手。ジュベール(フランス)やライサチェク(アメリカ)、ヴェルネル(チェコ)など。
もうひとつは「ジャンプ以外に得意技があり、スケーティングじたいがうまくて表現力がある」という選手。ランビエール(スイス)や高橋、バトル(カナダ)、ウィアー(アメリカ)あたりがこのタイプ。もっともウィアーはちょっと線が細すぎで、いかにも筋肉量が足りない感じで、後半バテバテになるのが厳しいですが。
どちらのタイプが好きかは好みですが、私はやっぱりひとつのプログラムを見せきる説得力という点で、ジャンプとそれ以外の部分がくっきり分かれてみえちゃうみたいな選手は好きじゃないんですよね。
迫力あるパワー系のジャンプはそれだけで気持ちいいという気持ちもわからなくはないんですが、あまりにもそこで盛り上がりすぎると、それ以外の部分は「次のジャンプまでの休憩時間」みたいに見えちゃって、それもなんだかなーと。
いえ、選手は休憩なんて思ってないだろうし、それなりに一生懸命演技してるんだとは思うんですよ。でも観るほうは明らかにジャンプ以外の時間は緊張が解けてしまってるわけだし、それは一言でいえば「バランスが悪い」ということなのではないかと。
その点、後者の選手は、たとえジャンプの数が少な目だったとしてもそれが気にならないくらい、トータルでひきつける力がありますよね。一瞬たりとも目が離せないというか。ジャンプも「あ、気がついたら跳んでたね」みたいな。
もちろん、「高い技術をミスなく正確に見せる」ことは大前提なんですが、やはり人間相手の採点競技である以上、「とりあえず観ている人間をひっぱりこみ、支配する力量」がないと接近した技術のライバルに差をつけることはできないんじゃないかと思います。
結果的には、SPで4−3のコンビネーションを入れて頭ひとつ飛び出たジュベール(関係ないけど、ジュベールって『ER』のカーター先生に似てるよね)がフリーでもそのまま逃げ切って金メダルをとりましたが、フリーだけの演技を見る限りではジュベールは「攻め」のSPとはうってかわって「守り」の演技になってしまっていました。
対照的に、SPで6位と出遅れたランビエールは、フリーでは「勝負をかける」という言葉がまさにぴったりの気迫の演技で3位まで浮上。実際、ランビエールの演技には細かいミスも多かったのですが、「ミスがなんぼのもんじゃ。ワシには攻めて攻めて攻めまくるしかないんじゃ〜〜!!」といった圧倒的な執念の力がそれをうわまわったという感じで、観客の反応も明らかにそれが伝わったことがわかるボルテージでした。
まあ、こんなすさまじい鬼気迫る演技を見せられて次に滑れと言われたら、さすがのジュベールも守りに入らざるを得ないだろうとは思いますが。
スポーツは勝たなきゃ意味がないわけだから、無難にまとめようが、物足りなかろうが、勝てばいいんです。だからジュベールの判断は正しい。
でも、滑り終わったあとの表情は、勝ったジュベールのほうがすっきりしないもので、負けたランビエールのほうがつきものが落ちたように晴れ晴れとしていたのが印象的。キャラとしてジュベールのほうが強気でランビエールのほうが繊細なイメージがあっただけによけいに興味深かったです。
勝敗がすべてであってすべてでない。そこがスポーツのおもしろさなのかもしれません。
結局、フリーの順位だけで比べると、ジュベールは3位、ランビエールは2位でしたが、そのランビエールを上回る1位の演技を見せたのが高橋大輔(総合では銀でしたが)。
これまたランビエールにひけをとらない攻めの演技で、SPがおとなしめだっただけにとても堪能しました。
トリノのときは正直まだ弱々しい雰囲気でしたが、あれが洗礼になったのか、1年で一皮も二皮もむけた高橋。
一昔前までは、日本選手の応援というと「ハラハラしながら見守る」という感じでしたが、今の高橋にそんな応援は失礼というもの。「身内の応援」という感覚も忘れてただ純粋に見入ってしまいました。
終わったあとに素に戻った泣き顔を見ると「若いなー」と思いますが、ほんとに大きくなりましたよね。
それにしても、男子のほうがよく泣くよね。女子は優勝したってなかなかわんわん泣いたりする人はいないと思うのですが。
さて、お次はそのあとに見たシンクロの話です。
ソロ決勝には12人が出場しましたが、一番の話題は新旧の女王対決。
シンクロ界にはデデュー(フランス)というカリスマ的な存在がいて、彼女は2003年、2005年と世界水泳の二連覇をなしとげています。
その後、引退を表明したことで、次の女王はイシェンコ(ロシア)が最有力と言われていました。
芸術性のデデューに対し、イシェンコは高度な技術力が売り。
ところが、イシェンコのシンクロが自分の美学と合わなかったのか、デデューは「本当のシンクロはこんなものじゃないわ。私が見せてあげる」とばかりに復帰を宣言。
1年のブランクを経て今回の大会に出場することが決まったのです。
イシェンコにしてみれば「なによ、おばさん。あんたはもう過去の人なんだからひっこんでてよ」と言いたいところでしょう。
復帰といってもそんな簡単なものではなく、筋力がものを言うシンクロは、ブランクが1ヶ月増えるごとに、元の状態に戻すまでの時間が倍倍で増えていくと言われるくらい過酷な競技です。いくらカリスマとはいえ生身の人間。1年のブランクで最前線に復帰するのはいくらなんでも不可能だと言われていました。
しかも「復帰するからには前と同じでは意味がない。前よりも進化した状態に」というのがデデューのポリシー。さらにレベルの高い目標設定をしているのです。
引退にしても「一番いい状態でやめたい」という冷徹なアスリートの目で判断したうえでやめたはず。それをくつがえすには想像を絶するエネルギーが必要だったでしょう。
多くの懸念と期待が交錯するなか、デデューは登場しました。
プログラムは「マリア・カラスの生涯」。ドラマチックな演技が売りのデデューらしいチョイスです。
その結果は………。
すごいです。まじで鳥肌たちました。
なにこれ………他の選手と全然違う。全然べつの生き物だよ。
以前のデデューは「美貌とカリスマと演技力と表現力」ばかりが取りざたされ、正直なところ「技術面」ではそれらに比べるとややムラがあるという評価がされていましたが、今回は「技術面」での底上げが徹底的になされていて、「表現力」はさらに深みを増しているというもはや向かうところ敵なし状態。
実際、その前にデデューチルドレンみたいなアメリカの選手が明らかにデデューの真似と思われる演技をしていたりもしたんですが、今となっては失笑ものです。
次に演技したイシェンコもパーフェクトな演技でしたが、それでも「表現力」はもちろん、「技術点」でもデデューに及びませんでした。
もはや「芸術性のデデュー、技術もデデュー」という感じで、つけいる隙がないというのはまさにこういうことをいうのかという感じ。
デデューを見ていて、「なにかに似ている」と思ったのですが思い出しました。
バレエをご覧になる皆さんにはおなじみかと思いますが、あの ヴィヴィアナ・デュランテ です(2005.5.28の「バレエ界の大竹しのぶを発見!」記事参照)。
彼女もそうなんですが、なんかこう……神がかってるんですよ。
他の選手やダンサーは「こういう内容を表現している」というふうにしか見えないんですが、ヴィヴィアナにしろデデューにしろ、そういうのを越えて「なにかがとりついて彼女をこうさせている」というシャーマン(巫女)的な印象があるんですよね。神様と交信しちゃってるみたいな。
こうなると、彼女の復帰も「シンクロの神様に呼ばれた」ってことになるのかもしれないですね。
「妖精のようでもあり、物の怪のようでもあり」という容姿もヴィヴィアナとデデューは共通しています。
ヴィヴィアナの背筋もすごかったけど、デデューの筋肉のつきかたもすごかった。
シンクロの選手って筋骨隆々でどうしてもずっしりと重量感のある体型になりがちなんだけど(特に西洋人)、デデューの筋肉は彼女独自の付き方をしてるんですよ。あんな筋肉してる選手ほかにはない。どういうって説明が難しいんですが、重量感を感じさせない筋肉なの。無駄なく筋っぽいというか。あれも不思議でしたね。
それにしても、採点のときのデデューの表情はこわかったなー。
あの目が……目が……「10点出さないと末代まで祟るわよ〜。ほら早く。出しなさい。出しなさいってば」みたいな感じで得点ボードをカッとにらみつけていて、その菅原道真ばりの念力にやられたかのように次々に10点を出す審判の気持ちがよくわかる(笑)。9.9出してもとり殺さそうな雰囲気だったもんなあ。
優勝が決まったあと、一目さんに観客席に向かって走っていき、クマテツならぬクマのようなごつい風体の恋人(元野球選手らしい)に泣きながら抱きつき、いつまでも熱い抱擁をかわしていたデデューですが、前の菅原道真目線を見てしまったあとだけに、このシーンは感動シーンというよりは「ああ。こんなんに抱きつかれたら魂吸い取られちゃうよぉ」という恐怖の念しかわいてきませんでした。
今、世界フィギュアと世界水泳が連日放送されていて、夜の外出ができません(泣)。スポーツを録画で観るくらいつまんないものはないですからね。
で、昨日は「フィギュア男子フリー」と「シンクロソロ決勝」といういずれも大一番だったわけですが、両方とも鳥肌ものの熱戦で大興奮でした。
フィギュア男子は、「一人でべつの場所でなんかやってる」というくらいかけ離れた存在になってしまっていたプルシェンコがいなくなって以来、混戦状態が続いています(しつこいようですが、個人的にプルシェンコのスケートは好きになれないので、今のフィギュアのほうがおもしろいです)。
メダル候補の選手たちを見ていると、そのタイプは大きく2つに分かれるようです。
ひとつは「とにかくジャンプが得意!」という選手。ジュベール(フランス)やライサチェク(アメリカ)、ヴェルネル(チェコ)など。
もうひとつは「ジャンプ以外に得意技があり、スケーティングじたいがうまくて表現力がある」という選手。ランビエール(スイス)や高橋、バトル(カナダ)、ウィアー(アメリカ)あたりがこのタイプ。もっともウィアーはちょっと線が細すぎで、いかにも筋肉量が足りない感じで、後半バテバテになるのが厳しいですが。
どちらのタイプが好きかは好みですが、私はやっぱりひとつのプログラムを見せきる説得力という点で、ジャンプとそれ以外の部分がくっきり分かれてみえちゃうみたいな選手は好きじゃないんですよね。
迫力あるパワー系のジャンプはそれだけで気持ちいいという気持ちもわからなくはないんですが、あまりにもそこで盛り上がりすぎると、それ以外の部分は「次のジャンプまでの休憩時間」みたいに見えちゃって、それもなんだかなーと。
いえ、選手は休憩なんて思ってないだろうし、それなりに一生懸命演技してるんだとは思うんですよ。でも観るほうは明らかにジャンプ以外の時間は緊張が解けてしまってるわけだし、それは一言でいえば「バランスが悪い」ということなのではないかと。
その点、後者の選手は、たとえジャンプの数が少な目だったとしてもそれが気にならないくらい、トータルでひきつける力がありますよね。一瞬たりとも目が離せないというか。ジャンプも「あ、気がついたら跳んでたね」みたいな。
もちろん、「高い技術をミスなく正確に見せる」ことは大前提なんですが、やはり人間相手の採点競技である以上、「とりあえず観ている人間をひっぱりこみ、支配する力量」がないと接近した技術のライバルに差をつけることはできないんじゃないかと思います。
結果的には、SPで4−3のコンビネーションを入れて頭ひとつ飛び出たジュベール(関係ないけど、ジュベールって『ER』のカーター先生に似てるよね)がフリーでもそのまま逃げ切って金メダルをとりましたが、フリーだけの演技を見る限りではジュベールは「攻め」のSPとはうってかわって「守り」の演技になってしまっていました。
対照的に、SPで6位と出遅れたランビエールは、フリーでは「勝負をかける」という言葉がまさにぴったりの気迫の演技で3位まで浮上。実際、ランビエールの演技には細かいミスも多かったのですが、「ミスがなんぼのもんじゃ。ワシには攻めて攻めて攻めまくるしかないんじゃ〜〜!!」といった圧倒的な執念の力がそれをうわまわったという感じで、観客の反応も明らかにそれが伝わったことがわかるボルテージでした。
まあ、こんなすさまじい鬼気迫る演技を見せられて次に滑れと言われたら、さすがのジュベールも守りに入らざるを得ないだろうとは思いますが。
スポーツは勝たなきゃ意味がないわけだから、無難にまとめようが、物足りなかろうが、勝てばいいんです。だからジュベールの判断は正しい。
でも、滑り終わったあとの表情は、勝ったジュベールのほうがすっきりしないもので、負けたランビエールのほうがつきものが落ちたように晴れ晴れとしていたのが印象的。キャラとしてジュベールのほうが強気でランビエールのほうが繊細なイメージがあっただけによけいに興味深かったです。
勝敗がすべてであってすべてでない。そこがスポーツのおもしろさなのかもしれません。
結局、フリーの順位だけで比べると、ジュベールは3位、ランビエールは2位でしたが、そのランビエールを上回る1位の演技を見せたのが高橋大輔(総合では銀でしたが)。
これまたランビエールにひけをとらない攻めの演技で、SPがおとなしめだっただけにとても堪能しました。
トリノのときは正直まだ弱々しい雰囲気でしたが、あれが洗礼になったのか、1年で一皮も二皮もむけた高橋。
一昔前までは、日本選手の応援というと「ハラハラしながら見守る」という感じでしたが、今の高橋にそんな応援は失礼というもの。「身内の応援」という感覚も忘れてただ純粋に見入ってしまいました。
終わったあとに素に戻った泣き顔を見ると「若いなー」と思いますが、ほんとに大きくなりましたよね。
それにしても、男子のほうがよく泣くよね。女子は優勝したってなかなかわんわん泣いたりする人はいないと思うのですが。
さて、お次はそのあとに見たシンクロの話です。
ソロ決勝には12人が出場しましたが、一番の話題は新旧の女王対決。
シンクロ界にはデデュー(フランス)というカリスマ的な存在がいて、彼女は2003年、2005年と世界水泳の二連覇をなしとげています。
その後、引退を表明したことで、次の女王はイシェンコ(ロシア)が最有力と言われていました。
芸術性のデデューに対し、イシェンコは高度な技術力が売り。
ところが、イシェンコのシンクロが自分の美学と合わなかったのか、デデューは「本当のシンクロはこんなものじゃないわ。私が見せてあげる」とばかりに復帰を宣言。
1年のブランクを経て今回の大会に出場することが決まったのです。
イシェンコにしてみれば「なによ、おばさん。あんたはもう過去の人なんだからひっこんでてよ」と言いたいところでしょう。
復帰といってもそんな簡単なものではなく、筋力がものを言うシンクロは、ブランクが1ヶ月増えるごとに、元の状態に戻すまでの時間が倍倍で増えていくと言われるくらい過酷な競技です。いくらカリスマとはいえ生身の人間。1年のブランクで最前線に復帰するのはいくらなんでも不可能だと言われていました。
しかも「復帰するからには前と同じでは意味がない。前よりも進化した状態に」というのがデデューのポリシー。さらにレベルの高い目標設定をしているのです。
引退にしても「一番いい状態でやめたい」という冷徹なアスリートの目で判断したうえでやめたはず。それをくつがえすには想像を絶するエネルギーが必要だったでしょう。
多くの懸念と期待が交錯するなか、デデューは登場しました。
プログラムは「マリア・カラスの生涯」。ドラマチックな演技が売りのデデューらしいチョイスです。
その結果は………。
すごいです。まじで鳥肌たちました。

なにこれ………他の選手と全然違う。全然べつの生き物だよ。

以前のデデューは「美貌とカリスマと演技力と表現力」ばかりが取りざたされ、正直なところ「技術面」ではそれらに比べるとややムラがあるという評価がされていましたが、今回は「技術面」での底上げが徹底的になされていて、「表現力」はさらに深みを増しているというもはや向かうところ敵なし状態。
実際、その前にデデューチルドレンみたいなアメリカの選手が明らかにデデューの真似と思われる演技をしていたりもしたんですが、今となっては失笑ものです。
次に演技したイシェンコもパーフェクトな演技でしたが、それでも「表現力」はもちろん、「技術点」でもデデューに及びませんでした。
もはや「芸術性のデデュー、技術もデデュー」という感じで、つけいる隙がないというのはまさにこういうことをいうのかという感じ。
デデューを見ていて、「なにかに似ている」と思ったのですが思い出しました。
バレエをご覧になる皆さんにはおなじみかと思いますが、あの ヴィヴィアナ・デュランテ です(2005.5.28の「バレエ界の大竹しのぶを発見!」記事参照)。
彼女もそうなんですが、なんかこう……神がかってるんですよ。
他の選手やダンサーは「こういう内容を表現している」というふうにしか見えないんですが、ヴィヴィアナにしろデデューにしろ、そういうのを越えて「なにかがとりついて彼女をこうさせている」というシャーマン(巫女)的な印象があるんですよね。神様と交信しちゃってるみたいな。
こうなると、彼女の復帰も「シンクロの神様に呼ばれた」ってことになるのかもしれないですね。
「妖精のようでもあり、物の怪のようでもあり」という容姿もヴィヴィアナとデデューは共通しています。
ヴィヴィアナの背筋もすごかったけど、デデューの筋肉のつきかたもすごかった。
シンクロの選手って筋骨隆々でどうしてもずっしりと重量感のある体型になりがちなんだけど(特に西洋人)、デデューの筋肉は彼女独自の付き方をしてるんですよ。あんな筋肉してる選手ほかにはない。どういうって説明が難しいんですが、重量感を感じさせない筋肉なの。無駄なく筋っぽいというか。あれも不思議でしたね。
それにしても、採点のときのデデューの表情はこわかったなー。
あの目が……目が……「10点出さないと末代まで祟るわよ〜。ほら早く。出しなさい。出しなさいってば」みたいな感じで得点ボードをカッとにらみつけていて、その菅原道真ばりの念力にやられたかのように次々に10点を出す審判の気持ちがよくわかる(笑)。9.9出してもとり殺さそうな雰囲気だったもんなあ。
優勝が決まったあと、一目さんに観客席に向かって走っていき、クマテツならぬクマのようなごつい風体の恋人(元野球選手らしい)に泣きながら抱きつき、いつまでも熱い抱擁をかわしていたデデューですが、前の菅原道真目線を見てしまったあとだけに、このシーンは感動シーンというよりは「ああ。こんなんに抱きつかれたら魂吸い取られちゃうよぉ」という恐怖の念しかわいてきませんでした。

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「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
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無題
ハードスケジュール!
まったく同じ時期にやらなくても!と恨みたくなるようなスケジュールですね。TV2台ないと追いつきません。
もちろん、日本選手の活躍には盛り上がりっぱなしで嬉しい限りなんですが、いろいろな国のいろいろな選手の個性がまたおもしろくて、世界は広いなあと思います。
にわかと言われようと、その時期から急に参加してもそれなりに観戦が楽しめるのもスポーツの良いところ。
これからもミーハーにわかのスタンスでいろいろなスポーツを楽しみたいと思ってます。