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古伊万里★新伊万里

劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です

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楽聖に死角あり

 先日、新国立劇場で「フィデリオ」というオペラを観てきました。
 「フィデリオ」は、ベートーヴェンが作った唯一のオペラですが、はっきり言ってあまり人気の演目ではありません。
 ベートーヴェンがこれ1作きりで二度とオペラを作らなかったことをみても、本人も「自分はあまりオペラには向いてない」と思ったのではないでしょうか。

 で、観た感想ですが………やっぱりこれ1作でやめておいてよかったかも。
 音楽がどうこうじゃないんです。
 ドラマがダメダメ。まったく魅力がない。なんでこんな話選んじゃったの?って感じ。
 そもそもベートーヴェンがこの作品を選んだ動機というのが、「『ドン・ジョバンニ』なんて不道徳なオペラが受けているのはけしからん。俺様がもっと崇高な題材でオペラかくあるべしというオペラを作ってやる」というものだけに、話は道徳的このうえないです。

 舞台は国事犯が大勢入れられているスペインの牢獄。
 もうこの舞台設定からしてメチャメチャ滅入ります。最初から最後まで牢獄っすから。
 で、そこの牢番・ロッコ(ハンス・チャマー)の娘・マルツェリーネ(水嶋育)が、門番のヤキーノ(吉田浩之)に口説かれているところから話は始まります。

 「ねえねえ、俺たちさー、いつ結婚する?」
 「はあ? 私、そんなこと約束した憶えないし!」
 「ガビ〜ン……」

 ヤキーノはまったく相手にされず。それもそのはず、今、マルツェリーネはフィデリオLOVEだから!
 フィデリオは、ロッコの仕事を最近手伝っているまじめな若者で、ロッコもフィデリオを息子のようにかわいがっている。
 そこへ父親のロッコと噂のフィデリオ登場。キャピキャピとフィデリオにつきまとうマルツェリーネ。ややひき気味ながらもそれを拒絶はしないフィデリオ。
 ロッコはもうすっかりフィデリオとマルツェリーネの結婚を心に決めている様子。しかしそんな父娘を見て複雑な心境のフィデリオ。
 なぜなら……

 彼は男装した女性だったからだ!

 彼の本当の名前はレオノーレ(ガブリエーレ・フォンタナ)。
 夫のフロレスタンが国事犯としてここの地下牢に捕らわれていることを知ったレオノーレは、唯一地下牢の囚人と接触できるロッコになんとかとりいろうとしていたのだった。
 そのためには娘の恋心を利用することもかわいそうだがしかたがないと思うフィデリオ。
 ロッコはロッコで、フィデリオが自分に気に入られようとするのは、マルツェリーネと結婚したいがためだと思いこんでいる。
 フィデリオは、「あなたの役に立ちたい。地下牢の仕事を私にも手伝わせてください」とロッコに頼み、ロッコは「わかった。マルツェリーネとの結婚と地下牢へ入る許可を所長にとろう」と約束する。
 所長のドン・ピツァロ(ペテリス・エグリーティス)は、いってみれば時代劇の悪代官のような男。フロレスタンは彼の汚職を暴こうとしたために闇に葬られたのだ。
 今までわずかな食料しか与えず、生かさず殺さずで彼を放置していたピツァロだが、密告の手紙を受け取り、翌日大臣が「不当逮捕がないかどうかの視察」に来ると知ってあわてる。
 ロッコを呼びつけたピツァロは、「地下牢の男を明日までに殺せ」と命令するが、ロッコが断ったため、「殺すのは俺がやるからおまえは牢の中に墓穴を掘れ」という。
 ロッコは気が進まないながらも、「ぜひ手伝わせてほしい」というフィデリオを伴って地下牢に行く。
 そこにいたのは、まぎれもなく弱り切ったフロレスタン(トーマス・モーザー)だった。ロッコの仕事を手伝いながら、気もそぞろなフィデリオ。もちろん、フロレスタンは目の前の若者が自分の妻だとは知るよしもない。
 そしてついに登場した悪代官ピツァロがフロレスタンを手にかけようとした瞬間、「殺すのならまず彼の妻から殺しなさい」と彼の前に立ちふさがるフィデリオ。
 彼がフロレスタンの妻だと知って驚くピツァロとロッコ。
 さらにピツァロにピストルをむけるフィデリオ。
 一触即発の空気の中、大臣の到着を知らせる鐘の音が……。
 こうしてピツァロの悪事は暴かれ、フロレスタンは妻のもとへ戻ってめでたし、めでたし。

 とまあこんな話です。
 「なんでさっさとフロレスタン殺しとかないんだよ>ピツァロ」とか、「男でもきつい牢番の力仕事を女のレオノーレになぜこなすことができたんだ。へなちょこだったらロッコに認められることもないだろうし」とか、「フロレスタン、あんた太りすぎだよ。餓死寸前というよりは食べすぎで動けない状態にしか見えない!」とか、まあつっこみたいところはいろいろあるんですが、一番問題なのは、フィデリオがフロレスタンを救出するまでのドラマがなにもないことです。

 助けたのはあんたじゃなくて大臣だよ>フィデリオ。大臣が来ることがわかってるならあんた必要ないじゃん。せめてもうちょっと何か事件を起こしてピツァロの関心をべつの方向にそらして大臣が来るまでの時間稼ぎをするとかさ、なんかそれなりにやることあるだろう。悪いけどあんた、なにもしてないよ。
 なのに、フィナーレで「夫を救った妻はどんなに誉めたたえても誉めすぎることはない」……ってそんな英作文の構文みたいな合唱で臆面もなく夫婦愛を延々とたたえられても……と思ってしまったのは私だけではないはず。
 いいんですよ。夫婦愛、おおいにけっこう。
 道徳好きのベートーヴェンが「夫婦愛の美しさ」をたたえるオペラを作りたかったのはわかります。
 でもこれ、そんな次元にもなってない気が…。

 私がどうしてもひっかかるのは、マルツェリーネの存在です。
 彼女、結局騙されたわけですよね。なのに、そのレスポンスらしいものがほとんどないんですよ。
 最後にフィデリオが「女」で「国事犯の妻レオノーレ」だと聞いた瞬間、「え!」と驚くところはあるんですが、そこはすでにフィナーレの一部なので、次の瞬間にはもう納得して「夫を救った妻は…」って一緒に臆面もない合唱に加わっちゃってるんですよ。
 おいおい、マルちゃん、立ち直り早すぎだって!!
 せめて「私ったら勘違いしてたんだ……おバカさん。てへっ」くらいのリアクションしろよ。
 それにレオノーレ。のほほんとした顔しちゃって、あんた、彼女にそんなに悪いことしたと思ってないだろ!

 この作品、マルツェリーネが利用されてたと知った瞬間がどう考えても一番ドラマが動くポイントなのに、なにもリアクションがないばかりか、そもそもマルツェリーネは利用すらされてないんですよ。
 フィデリオがとりいったのはロッコのほうで、娘のマルツェリーネはいわばオプション。マルツェリーネの婿候補としてロッコにとりいっている振りをすればさらに信用は増すだろうという計算だったのでしょうが、せっかく男装してマルツェリーネに気に入られるというシチュエーションを作ったんだから、もっとそれを利用しようよ。
 だって、フィデリオの救出劇を描きたいなら、それを阻む存在として一番使えそうなのは誰が見てもこのマルツェリーネでしょう。
 たとえば、名前忘れたけど、赤穂浪士の一人で、吉良邸の絵図面を手に入れるために女を口説いてその気にさせて盗ませて、それがバレて女がショックうけて自害して、その罪の重さにうちのめされてもう浪士に戻れなくなる男がいましたよね。
 どうせやるならそこまでやりましょうよ、フィデリオも。
 以下、勝手に作った私家版「フィデリオ」です。

 牢獄に出入りするチャンスを得るため、マルツェリーネの愛情を利用しようとするフィデリオ。
 その甲斐あってようやく夫と再会。しかし、フィデリオがじつは女で、夫を助けるために自分を利用したのだということがわかった瞬間、マルツェリーネの愛は憎しみに変わる。
 夫婦愛のためなら他人の気持ちをふみにじってもいいの?!
 マルツェリーネの怒りは裏切りへと変化し、救出劇を阻む最大の障害となって立ちふさがる。
 そこでフィデリオはどう行動するか?
 たしかに夫を救出するためならなんでもしようとつき進んできた。でもその結果、「人を好きになる」というこの世で一番純粋で崇高な思いをふみにじった私は、なんと重い罪を犯してしまったのか。
 夫婦愛一筋でつき進んできたフィデリオに、そこでもうひとつべつのベクトルが加わります。1つの正義だけで進む話はおもしろくないですからね。
 初めて自分の罪に気づいて心から後悔し、マルツェリーネに謝罪するフィデリオ。
 「でもわかってほしい」と続けるフィデリオ。
 「あなたも人を真剣に愛したのなら、私の夫への気持ちも誰よりもわかるはず。どうか私たちを助けて」
 フィデリオの切々と訴える言葉に動揺し、揺れ動くマルツェリーネ。
 悩んだ末、フィデリオとフロレスタンを牢獄から逃がそうとするマルツェリーネ。
 しかし、追ってのピツァロがすぐそこに。
 ピツァロの拳銃がフロレスタンを狙い、フロレスタンをかばおうとするフィデリオをさらにかばったマルツェリーネが撃たれる。
 「マルツェリーネ!」
 思わずかけよるフィデリオ。
 「生きて……生きてよ、マルツェリーネ」
 「フィデリオ……大丈夫よ……痛くないわ。これでいいの。安らかだわ。そして雨は……花育て……る」

 「エポニーヌ!!」

 あれ?……すいません。途中から「レミゼ」になっちゃいました(笑)。
 とにかく、マルツェリーネが死ぬとこまでいかなくてもいいけど、裏切りはほしいところですね。

 もうひとつ、思ったのは、ロッコがピツァロの汚れ仕事を引き受けるところね。
 ロッコはいい人なんだと思うんですよ。
 それがなぜピツァロが不当な殺人を行うと知ってそれを幇助したのか。
 たとえば、ここでロッコがピツァロの出す特別報酬がほしくて手伝ったのだとしたらどうでしょう。
 1幕で、ロッコは娘とフィデリオの結婚について、「愛だけじゃダメ。結婚は生活なんだからお金も必要だよ」みたいなことを説くんですが、だとするとロッコは娘の嫁入り支度を整えてやるためにお金がほしいと思うかもしれない。
 そうなると、娘の幸せのためにひきうけた汚れ仕事が、じつは娘の愛するフィデリオの夫の墓を掘る仕事だった……という皮肉が出て、もっと悲劇性が増すのではないでしょうか。

 こういう細かい行動のひとつひとつに必然性をもたせることで、ドラマはどんどん緊張感を増していきます。
 なのに、この作品にはその「緊張感」がまったくありません。
 ただストーリーが並列しているだけ。
 なにもからんでないのです。
 いくら音楽がよくてもこれではちょっとね…。

 思うに、ベートーヴェンってドラマに対する酵素が不足していたんじゃないでしょうかね。
 オペラって音楽の才能だけじゃ書けないものだし、一般の交響曲や協奏曲を書くのとはまったく違う感性が要求されると思うのです。
 まあ、たとえはあんまりよくないかもしれないけど、小説と戯曲と両方得意な人があまりいないように、一般の音楽とオペラと両方得意な人って意外に少ないのかもしれないですね。
 たとえばヴェルディとかプッチーニとかはオペラの達人だけど一般の音楽ではそれほど実績を残していないし。シューベルトとかブラームスのオペラってのも聞いたことがない。
 ヴェルディは、オペラの台本を書く作家へのダメだしも相当厳しかったらしいので、きっとドラマ酵素の豊富な体質だったんでしょう。
 そうしてみると、両方いけたのってモーツァルトくらいか??
 楽聖といえども死角はあるのですね。

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プロフィール

HN:
伊万里
性別:
女性
職業:
劇作家・ライター
趣味:
旅行 骨董 庭仕事

著作



「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」

Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!

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