古伊万里★新伊万里
劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です
コーロ・ヴィータ演奏会、無事終了
すでにご存じの方も多いかと思われますが、私の両親は声楽を教えていて、コーロ・ヴィータという女声合唱団をもっています。
先週の土曜日、そのコーロ・ヴィータの定期演奏会がありました。
コーロ・ヴィータ結成のきっかけは、東京男声合唱団というアマチュアの老舗男声合唱団(戦後すぐくらいからずっと活動している)に、父が指導にいったことでした(1996年〜)。
最初は男声合唱の演奏会だけをやっていたのですが、そのうちに「もうひとつ女声合唱団をつくれば、男声、女声、混声とすべてのレパートリーができる」と思うようになり、幸い人材も集まったので、女声合唱団を発足することになりました。
まずは2000年12月の東京男声合唱団の演奏会の一部に賛助出演する形でお披露目を行い、2002年4月のジョイント・コンサートを経て2003年10月に第1回演奏会を、続いて2005年6月に第2回演奏会を開催、そして今回無事3回目の演奏会を開くことになったという次第です。
世の中、混声合唱団は数多くありますが、男声合唱団と女声合唱団が共演する形で混声合唱を行うという演奏会はなかなかないと思います。そういう意味では非常に贅沢な企画です。
普段は、男声は男声、女声は女声とバラバラに練習していて、本番間近になると、合同練習を重ねて混声のレパートリーを仕上げていく…というのが基本的なやり方ですが、これは練習方法としても合理的だし、お互いに与える刺激もあって新鮮さも保てるようです。
いつも会場はこまばエミナースを使っているのですが、今回は初めてトッパンホールで、クリスマスキャロルばかりを集めたクリスマスヴァージョン
の演奏会を行いました。
トッパンホールは人気あるホールだけにきれいで良いホールなんですけど、交通の便が悪い(駅からかなり歩く)のと、当日の天気が
悪かったため、どれだけお客さんが来てくださるのかギリギリまで心配だったのですが、予想以上に盛況で、トッパンホールのスタッフにも「うちのホールでこんなにお客が入ったのを見たのは初めて」と驚かれたほどでした。
年末で忙しいときなのに本当にありがたいことです。
参考までに今回演奏したプログラムをご紹介します。
いつもの演奏会は、大曲+中品+小品いくつか…という構成で、今回のように小品をたくさん、しかもキャロルばかりという趣向は初めてだし、ソリストなしで通したのも今回が初めてでした。
「小品がたくさん」って、聴いているお客さんは「気楽な感じ」に思えるかもしれませんが、じつは「大曲」をまぜるよりずっと大変なんです。
歌っている人いわく、「こんなにいっぱい歌ってるのにまだこれしか時間がたってないの〜?
」と泣きたくなったそうで。
書くことにたとえると、「長編1本」より「短編複数」のほうがしんどいのと同じっていうか…。
スポーツにたとえると、「5000m走」より「50mダッシュ100本」のほうが苦しいのと同じっていうか…。
短い曲って最初から最後まで全力疾走だから、ずっとテンションあげっぱなしでいなきゃいけないし、しかも1曲終わるごとに拍手なんてこないから間がもてなくてどんどん進行が早くなってしまう。ペース配分も難しいんですよね。
それに曲数が増えればそれだけ練習時間はくわれるし、短いからすぐにこなせるってわけでもない。
皆さん、今回は今までになく疲れたようで、短編の恐ろしさを身にしみて感じたようです。
コーロ・ヴィータの演奏会は、完全に家内制工業で、父→指揮、母→代表兼マネージャー兼トレーナー、私→プログラムとチラシの制作&当日のロビー業務運営、弟→荷物運搬&送迎その他……という分担になっています。
プログラムは、自分で言うのもなんですけどタダで配るものとしてはけっこう豪華版です。内容は挨拶、プロフィール、曲目解説、歌詞、演奏記録…などこのあたりはどこのプログラムにもある内容だと思いますが、うちだけの特徴として毎回「特別コラム」を載せています。
内容は間際で考えますが、「その演奏会で演奏される曲目に関係することを書く」ということだけは決まっています。
たとえば、ヴェルディの「四つの聖歌」を演奏した2002年のジョイント・コンサートでは、四つのうちの一曲「スタバト・マーテル(悲しみの御母はたたずむ)」にちなんで、「“キリス磔刑図の横にたたずむ聖母”というモチーフを描いた宗教絵画を見比べてみると、最初は“スタバト・マーテル”の言葉通り毅然と立っていた聖母が、時代とともに嘆きをあらわにした表情になったり、派手に気絶したりするようになっていく」という現象について書いたし、オペレッタ「蝙蝠」のワルツを演奏した2003年の演奏会では「オペレッタからミュージカルへの系譜」というコラムを書きました。また、モーツァルトの「戴冠ミサ」を演奏した2005年の演奏会では、「未完の肖像画が語る人間ドラマ」というタイトルで、“肖像画”という切り口からモーツァルトの私生活を垣間見るコラムを書きました。
で、今年はクリスマスキャロルなので、クリスマスについて書くことは決まっていたんですけど、一口にクリスマスといってもあまりにも範囲が広すぎてなかなかこれといったテーマに絞れず、けっこう苦労しました。
最初はキリスト関係の話にしようかと思ったのですが、「教会でやるわけじゃないし、クリスマスだからといって必ずしも宗教的意味を感じる人ばかりじゃないだろうから」と思いなおし、むしろもっと軽く読める楽しい題材がいいかも…と選んだのが“クリスマス菓子”の話。
ほんとはディケンズの「クリスマス・キャロル」について書こうと思ってたんですが、そこに出てきた“クリスマス・プディング”なるお菓子の存在が気になり、ネットで調べていったらそっちのほうにはまりこみ、結局はお菓子ネタになってしまいました。
もう演奏会も終わったので、以下プログラムに載せたコラムを転載します。
読んでしまえばあっという間の短いコラムですが、ネタを探すのは毎回気苦労です。
もともとはページ数調整のために書いたのが始まりなんですが、なんとなく毎回書くのが恒例となってしまい……気がつけば「今度は何書くの?」というプレッシャーが加わるように。これがなければプログラム作りはぐっと楽になるんですが。
ただ、外注するとなると、テーマとか文字数とか早めに頼まなくてはなりませんが、自分で書く分には締切ギリギリまでひっぱれるし、文字数もレイアウトを同時に調整しながら書けるので安心かつ確実。「自分を使うって便利だなー」と思いつつ、自分に便利に使われている自分っていったい
……とも思ったりします。
とりあえず、無事演奏会が終わって重責から解放されました。
これでなんとか心やすらかに年を越せそうです。

トッパンホールのロビー。

立体の座席表もおしゃれ!座席数は400といつも使うホールに比べるとやや少な目。

10時半よりゲネプロ開始。本番前に全曲通すので、指揮者もコーラスもペース配分が大変です。

ゲネプロ中。

アンコール最終曲の「きよしこの夜」では、照明を落として“キャンドルサービス”ならぬ“ルミカライトサービス”を行う演出を。ゲネプロで初めて練習しました。

初めて道具を使った類人猿……じゃなかった(←失礼)。折ると光るルミカライトに興味津々の東京男声合唱団のおじさま方。

ゲネプロ終了直後のホール内。
最後列から舞台を撮影。

本番です。東京男声合唱団が登場し、混声になるのはラストの第4部から。

1部〜2部の衣装は、白ブラウス&黒スカート&ゴールドのコサージュ。

3部〜4部の衣装は、金ラメ入りの白ブラウス&クリスマスカラーのグリーンのスカート。

「ジングルベル」では鈴の効果音も入ります。効果音担当者、とっても楽しそうでノリノリでした。

いつもソリストでゲスト出演してくれるソプラノの淵岡さん。今回はコーラスの助っ人としての出演のみでしたが、その美声は大勢の中でもひときわ目立っていて、メンバーをぐいぐいひっぱってくれました。淵岡さんの隣りで歌う人は自分もうまくなったような気分になれるのでお得です(笑)。
先週の土曜日、そのコーロ・ヴィータの定期演奏会がありました。
コーロ・ヴィータ結成のきっかけは、東京男声合唱団というアマチュアの老舗男声合唱団(戦後すぐくらいからずっと活動している)に、父が指導にいったことでした(1996年〜)。
最初は男声合唱の演奏会だけをやっていたのですが、そのうちに「もうひとつ女声合唱団をつくれば、男声、女声、混声とすべてのレパートリーができる」と思うようになり、幸い人材も集まったので、女声合唱団を発足することになりました。
まずは2000年12月の東京男声合唱団の演奏会の一部に賛助出演する形でお披露目を行い、2002年4月のジョイント・コンサートを経て2003年10月に第1回演奏会を、続いて2005年6月に第2回演奏会を開催、そして今回無事3回目の演奏会を開くことになったという次第です。
世の中、混声合唱団は数多くありますが、男声合唱団と女声合唱団が共演する形で混声合唱を行うという演奏会はなかなかないと思います。そういう意味では非常に贅沢な企画です。
普段は、男声は男声、女声は女声とバラバラに練習していて、本番間近になると、合同練習を重ねて混声のレパートリーを仕上げていく…というのが基本的なやり方ですが、これは練習方法としても合理的だし、お互いに与える刺激もあって新鮮さも保てるようです。
いつも会場はこまばエミナースを使っているのですが、今回は初めてトッパンホールで、クリスマスキャロルばかりを集めたクリスマスヴァージョン

トッパンホールは人気あるホールだけにきれいで良いホールなんですけど、交通の便が悪い(駅からかなり歩く)のと、当日の天気が

年末で忙しいときなのに本当にありがたいことです。
参考までに今回演奏したプログラムをご紹介します。
1.近代フランスの聖歌<女声合唱>
「Ave verum corpus」 (プーランク作曲)
「Ave Maria」(プーランク作曲)
「Tota pulchra es Maria」(デュリュフレ作曲)
2.伝統的なクリスマスソング<女声合唱>
「まきびと羊を<賛美歌103>」(ウィルコックス編曲)
「世の人忘るな<賛美歌第2編128>」(ウィルコックス編曲)
「み空をはせ行く<旧賛美歌92>」(ウィルコックス編曲)
「柊と蔦は<賛美歌第2編217>」(ラッター編曲)
「クリスマスおめでとう」(ラッター編曲)
「神の御子は今宵しも<賛美歌111>」(ウィルコックス編曲)
3.ジョン・ラッターのクリスマスキャロル<女声合唱>
「降誕祝歌」
「羊飼いの笛」
「ろうそくの光」
「ろばのキャロル」
「クリスマスの子守歌」
4.ポピュラーなクリスマスソング<混声合唱>
「ジングルベル」(ピアポント作曲/蒔田尚昊編曲)
「ホワイトクリスマス」(バリーン作曲/ショウ、蒔田尚昊編曲)
「赤鼻のトナカイ」(マークス作曲/デ・コーミエル、蒔田尚昊編曲)
「オー・ホーリィ・ナイト」(アダム作曲/蒔田尚昊編曲)
アンコール曲<混声合唱>
「What sweeter Music can we bring」(ラッター作曲)
「きよしこの夜」(グルーバー作曲/蒔田尚昊編曲)
いつもの演奏会は、大曲+中品+小品いくつか…という構成で、今回のように小品をたくさん、しかもキャロルばかりという趣向は初めてだし、ソリストなしで通したのも今回が初めてでした。
「小品がたくさん」って、聴いているお客さんは「気楽な感じ」に思えるかもしれませんが、じつは「大曲」をまぜるよりずっと大変なんです。
歌っている人いわく、「こんなにいっぱい歌ってるのにまだこれしか時間がたってないの〜?

書くことにたとえると、「長編1本」より「短編複数」のほうがしんどいのと同じっていうか…。
スポーツにたとえると、「5000m走」より「50mダッシュ100本」のほうが苦しいのと同じっていうか…。
短い曲って最初から最後まで全力疾走だから、ずっとテンションあげっぱなしでいなきゃいけないし、しかも1曲終わるごとに拍手なんてこないから間がもてなくてどんどん進行が早くなってしまう。ペース配分も難しいんですよね。
それに曲数が増えればそれだけ練習時間はくわれるし、短いからすぐにこなせるってわけでもない。
皆さん、今回は今までになく疲れたようで、短編の恐ろしさを身にしみて感じたようです。
コーロ・ヴィータの演奏会は、完全に家内制工業で、父→指揮、母→代表兼マネージャー兼トレーナー、私→プログラムとチラシの制作&当日のロビー業務運営、弟→荷物運搬&送迎その他……という分担になっています。
プログラムは、自分で言うのもなんですけどタダで配るものとしてはけっこう豪華版です。内容は挨拶、プロフィール、曲目解説、歌詞、演奏記録…などこのあたりはどこのプログラムにもある内容だと思いますが、うちだけの特徴として毎回「特別コラム」を載せています。
内容は間際で考えますが、「その演奏会で演奏される曲目に関係することを書く」ということだけは決まっています。
たとえば、ヴェルディの「四つの聖歌」を演奏した2002年のジョイント・コンサートでは、四つのうちの一曲「スタバト・マーテル(悲しみの御母はたたずむ)」にちなんで、「“キリス磔刑図の横にたたずむ聖母”というモチーフを描いた宗教絵画を見比べてみると、最初は“スタバト・マーテル”の言葉通り毅然と立っていた聖母が、時代とともに嘆きをあらわにした表情になったり、派手に気絶したりするようになっていく」という現象について書いたし、オペレッタ「蝙蝠」のワルツを演奏した2003年の演奏会では「オペレッタからミュージカルへの系譜」というコラムを書きました。また、モーツァルトの「戴冠ミサ」を演奏した2005年の演奏会では、「未完の肖像画が語る人間ドラマ」というタイトルで、“肖像画”という切り口からモーツァルトの私生活を垣間見るコラムを書きました。
で、今年はクリスマスキャロルなので、クリスマスについて書くことは決まっていたんですけど、一口にクリスマスといってもあまりにも範囲が広すぎてなかなかこれといったテーマに絞れず、けっこう苦労しました。
最初はキリスト関係の話にしようかと思ったのですが、「教会でやるわけじゃないし、クリスマスだからといって必ずしも宗教的意味を感じる人ばかりじゃないだろうから」と思いなおし、むしろもっと軽く読める楽しい題材がいいかも…と選んだのが“クリスマス菓子”の話。
ほんとはディケンズの「クリスマス・キャロル」について書こうと思ってたんですが、そこに出てきた“クリスマス・プディング”なるお菓子の存在が気になり、ネットで調べていったらそっちのほうにはまりこみ、結局はお菓子ネタになってしまいました。
もう演奏会も終わったので、以下プログラムに載せたコラムを転載します。
特別コラム「クリスマスプディングは熟女の味わい?!」
本日の演奏会で歌われる「クリスマスおめでとう」の歌詞中に「figgy pudding(いちじくのプディング)」という言葉が何回も出てくる。これほど熱狂的に連呼される「いちじくのプディング」とはいったいどんなお菓子なのだろうか。
クリスマスのお菓子といえば、日本ではふわふわのスポンジ生地+真っ白なホイップクリーム+真っ赤ないちご…というショートケーキが思い浮かぶが、国によってクリスマス菓子の定番はさまざまだ。フランスの「ブッシュ・ド・ノエル」、イタリアの「パネトーネ」、ドイツの「シュトーレン」などなど。
それぞれに「いわく」があったり、「決まり事」があったりして調べていくと楽しいのだが、その中でもインパクトという点で群を抜いているのがイギリスの伝統的クリスマス菓子「クリスマス・プディング」である。
一言でいうと「ドライフルーツが大量に入ったパンプディング」だ(冒頭の「いちじくのプディング」はこれを指していると思われる)。
幼少期にロンドンに住んでいた友人にどんな味か聞いてみたところ、「とにかくあまりの甘さと濃厚さに卒倒しそうになる」という答え。要するにまずいらしい。と言いながらも「でもねぇ、今でもなんかクリスマスになると無性にアレが食べたくなって、輸入菓子店で買ってきては『おー、これこれ。このまずさ』とか言いながら食べちゃうのよね」と続けていたので、やはりインパクト抜群であることはたしかだ。
クリスマス・プディングを作るのは非常に手間がかかる。まず、レーズンを主体としたさまざまなドライフルーツ類をお酒に漬け込むのに1週間。これにくるみなどのナッツ類、シナモンなどのスパイス類、牛脂(ケンネ脂と呼ばれる腎臓付近の上質な脂。バターのように溶けやすい)、卵、砂糖、生パン粉をまぜたものを一晩寝かせ、翌日に型に入れ、半日かけて蒸す。蒸しあがったものは1ヶ月熟成させて味をなじませ、クリスマス当日には数時間かけて蒸し直したものにヒイラギの葉を飾り、ブランデーバターを添えていただく。
これまたクリスマスの定番であるディケンズの「クリスマス・キャロル」の中では、クリスマス・プディングの登場シーン(最後に火をつけたブランデーを上からかける)が生き生きと描写されていて、この作品のヒットとともにクリスマス・プディングの知名度も一気に広まった。「クリスマス・キャロル」はヴィクトリア朝時代の小説だが、イギリスのクリスマスの食卓の光景は今でもほとんど変わっていないという。
クリスマス・プディングは作ってから1ヶ月で食べ頃になるが、1年くらいは日持ちするそうなので、熟成したクリスマス・プディングが好きな人はクリスマスが終わるとすぐに翌年のクリスマス・プディングづくりにとりかかるという。ケーキは「本日中に食べるもの」という固定観念がある日本人から見るとなんとも不思議な感覚だ。
しかし、こうしてみると各国のクリスマス菓子は日持ちのするタイプが多く、生菓子タイプのものは少数派である。日持ちといえば、イギリスでは、クリスマスとその翌日は「ローストターキーの余りものをサンドウィッチやシチューに再利用する」などして主婦も家事を休むのだという。これは日本のおせち料理の感覚に似ていないだろうか? 日頃は離れている家族が唯一顔を合わせて骨休めをする日──日本ではお正月にあたる「特別休暇」がイギリスではクリスマスなのかもしれない。
ちなみに、クリスマス・プディングには、蒸すときに生地の中に銀貨などを隠し入れて、切り分けられたプディングにそれが入っていた人には来年幸運が訪れるという「フォーチュン・クッキー」のような趣向もあり、これなどはまさに年頭の「おみくじ」そのものだ。
読んでしまえばあっという間の短いコラムですが、ネタを探すのは毎回気苦労です。
もともとはページ数調整のために書いたのが始まりなんですが、なんとなく毎回書くのが恒例となってしまい……気がつけば「今度は何書くの?」というプレッシャーが加わるように。これがなければプログラム作りはぐっと楽になるんですが。

ただ、外注するとなると、テーマとか文字数とか早めに頼まなくてはなりませんが、自分で書く分には締切ギリギリまでひっぱれるし、文字数もレイアウトを同時に調整しながら書けるので安心かつ確実。「自分を使うって便利だなー」と思いつつ、自分に便利に使われている自分っていったい

とりあえず、無事演奏会が終わって重責から解放されました。

これでなんとか心やすらかに年を越せそうです。
トッパンホールのロビー。
立体の座席表もおしゃれ!座席数は400といつも使うホールに比べるとやや少な目。
10時半よりゲネプロ開始。本番前に全曲通すので、指揮者もコーラスもペース配分が大変です。
ゲネプロ中。
アンコール最終曲の「きよしこの夜」では、照明を落として“キャンドルサービス”ならぬ“ルミカライトサービス”を行う演出を。ゲネプロで初めて練習しました。
初めて道具を使った類人猿……じゃなかった(←失礼)。折ると光るルミカライトに興味津々の東京男声合唱団のおじさま方。
ゲネプロ終了直後のホール内。
最後列から舞台を撮影。
本番です。東京男声合唱団が登場し、混声になるのはラストの第4部から。
1部〜2部の衣装は、白ブラウス&黒スカート&ゴールドのコサージュ。
3部〜4部の衣装は、金ラメ入りの白ブラウス&クリスマスカラーのグリーンのスカート。
「ジングルベル」では鈴の効果音も入ります。効果音担当者、とっても楽しそうでノリノリでした。

いつもソリストでゲスト出演してくれるソプラノの淵岡さん。今回はコーラスの助っ人としての出演のみでしたが、その美声は大勢の中でもひときわ目立っていて、メンバーをぐいぐいひっぱってくれました。淵岡さんの隣りで歌う人は自分もうまくなったような気分になれるのでお得です(笑)。
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「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
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食べてみたい
今回、参加できずに非常に残念でしたが、写真とコラムで雰囲気を味わわせて頂きました。
クリスマスコラム、とても面白いです!ワタシも毎度非常に悩まされている(主に担当者にだけど)連載コラムのお題は「関連モノ(特にイベントや季節)」ですので、興味深く拝見させていただきました。
確かに、海外のケーキってずっしりした「本日中にお召し上がり下さらなくても大丈夫です」タイプが多いかも。
ハリーポッターの小説の中で、誕生日にもらったバースディケーキをハリーが床下に隠して、日々チビチビとモサモサ食ってる、という描写があり、「お前…8月にそれはまずいよ、、しかも床下て」と慄いていたものでしたが、ナルホド納得しました。
発酵してナンボ?!
ケーキも、ブルーチーズみたいに発酵させてナンボなんでしょうか、向こうの人にとっては。
「ホイップクリームにスポンジ生地なんてガキの食うもの。いいオトナが食うもんじゃねえ!」とか言われそう(でもハリー・ポッターではガキも発酵させて食ってたのか)。
でもクリスマスケーキも国際化が進んで、今じゃ日本でもいろいろな国のケーキが選べるようになりましたよね。
皆さんはどんなケーキを選ぶのかな。
ちなみに私が予約注文したのは、マスカルポーネクリームを巻き込んだショコラのロールケーキ、いわゆるブッシュ・ド・ノエルタイプのケーキです。
ケーキは思い出「込み」で
でもいろんな思い出があります。
就職した年のクリスマス、親兄弟のためにベタなデコレーションケーキを買って帰ったら、親も似たようなの買ってきてて、しょうがないので1つは冷凍したのですが、凍らせるとこれがあーた、おいしいのなんのって。
2年ほど前のクリスマスイブは、野球好きの若い人たちと、ある選手の両親がやっている焼き肉屋に行きました。
わいわいと長居する私達が野球ファンだと気づいた親御さんが、おずおずと近づいてきて、クリスマスケーキをホールでサービスしてくれました。
「こんなのしかなくて、ごめんなさい」と、あやまりながらさしだされたそれは、子供向けの特撮ヒーローをあしらったデコレーションケーキで、その店の隣のコンビニであわてて買ってきたとおぼしきものでした。
その気持ちがうれしいじゃないですかー。
そりゃもう感激しながらいただき、その選手のこともほめまくりました。
それ以来、その選手を球場で見ると、焼き肉ではなくケーキの味を思い出します。
将来わたしがボケたら、その選手はケーキ屋の息子だと記憶が書き換えされることでしょう。
適齢期も…
たしかにクリスマスケーキってドラマの小道具としていろいろ活躍しそうなアイテムではありますね。
でもそれも「本日限り」で消費されるという特別な食べ物だからこそ生まれるドラマであって、しつこいようだけどカビくさい1年も日持ちするケーキじゃどうなんだろうって気がしますよね。
よく「25すぎるとパタッと売れなくなる」という比喩で女性の適齢期を「クリスマスケーキ」と言ったりした時代がありますが、それでいくと晩婚化の今は適齢期も「クリスマスプディング」に近づいてるんでしょうか。
クリスマスプディングも31までしか売れないわけだ
わたしのアレルギーで一番強い症状が出るのはメロンです(ほかはたいしたことない)。
オウムの麻原はメロンが大好きでしたね。そんな、教祖がメロン食うようなエセ宗教にはうちは負けません。
うちってどこだよ。
さて、カビ系のクリスマス菓子といえば「エロイカより愛をこめてIの青池保子先生が、「キャンディ・キャンディ」の名木田恵子先生と組んだ「グリーン・ヒル物語」を思い出します。
1971年という大昔に発表された作品ですが。
米国東部の小さな町に住む大家族のおばあちゃん。いつもは安楽いすで居眠りばかりしてるのですが、晩秋のころにすっくと立ち上がり、町中の人のために何週間もかけてクリスマスケーキを作るんです。
木の実や果物を洋酒につけ、小麦粉に混ぜて焼き、何日か寝かせて。
できあがりはそりゃもう地味で・・・クリームもチョコも使ってない!
そんなクリスマスケーキってアリなのか? と、名古屋の片隅で首をかしげたものです。
昭和の子供にとり、あの日本式のクリスマスケーキは「外国」の入り口に思えたのに、違うなんて。
いま、みなさんのおかげで、そのエピソードはけっこうほんとっぽい話なんだとわかってきました。
ハリーの話はちょっとうらやましいな。隠れ食いほどおいしいものはないもんな。
特別な日曜日
さすがに欧米文化の先取りにかけてはキャリアのある先生だけありますね。(もちろんネットもない)35年前にすでに欧米の菓子文化に関する正確な情報をお持ちだとは。。。
普段はなんにもしないのに、クリスマスの時期だけ気合い入れて皆のために働くっていうのもなんか「ありそう」でいい設定ですね。
お菓子の仕込みを始める日については何か出てきましたか?
私が調べたところによると、クリスマス・プディングを作り始めるのに「最も良い日」というのがあって、それは12月の第1日曜日なんだそうです。その日は「スターアップ・サンデー」と呼ばれて、その日に作り始めると最高のプディングができあがると言われているとか。
こうなると、ただのお菓子じゃなくて、なにか神聖なものっていうか、ある種の「念」がこもっている縁起ものっていう感じがしますね。
日付、調べてみます
『グリーン=ヒル』の渋いクリスマスケーキ(プディングかも)の話は、青池さんというより、名木田さんの引き出しから、あるいは翻案されたもとの戯曲『わが町(ソーントン・ワイルダー)』から出てきたエピソードかもしれませんが…。
作り始める日について、うちにあるコミックスを探し出して調べてみます。
さて、同じ青池さんの歴史アクション『エル・アルコン』『七つの海七つの空』が宝塚歌劇になるようですね。
とても似合っていると思いますが、しかしあれ、娘役のトップさんがやるような役、あったかなあ。
あの作品では、ほぼ主人公ともいうべきティリアン・パーシモン大佐を死なせてものすごく後悔したと、青池さんがおっしゃってました。
馬鹿なわたしはご本人にお会いしたとき、「実は生きてた、っていうのはどうですか」などといってしまったのですが、青池さんはきっぱりと「(英国海軍の攻撃で、艦ごと)木っ端微塵になりましたから(そんな安直な案は駄目です)」と。
ああっ、また関係ない話に…。ごめんなさい。
新たな鉱脈
でもコスチュームものに強い星組ならきっと間違いないものに仕上げてくると思いますよ。
そうかー。娘役の役がないのか…。
でも宝塚ってそもそも娘役がないがしろにされる傾向があるし、男同士の友情とか火花を散らす対立とか、そういうほうがファンに好まれるんですよね。
そういう意味では青池保子の世界はハマるかも。
ていうか、宝塚以外では無理かも。
なんで今まで気づかなかったんだろう。あんまり宝塚で舞台化されたっていう話聞きませんものね。
うーん。これは新たな鉱脈となるかもしれないですね。「エロイカ〜」も検討してください>歌劇団
「主人公を死なせて後悔」っていうのは、「この先、続編で活躍させるチャンスを作りたかった」っていう意味もあるのかな。
宝塚なら「死んだと思わせておいてべつの場所で復活」っていうラストも可能かもね。
期待しましょう。