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古伊万里★新伊万里

劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です

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狭い空間に密集する人々

 燐光群の「屋根裏」に行ってきました。
 燐光群は、坂手洋二という劇作家&演出家が率いる劇団で、いわゆる小劇場芝居をやる劇団です。坂手洋二のお芝居を観るのは、新国立劇場の「2人の女兵士の物語」に続いて2回目で、燐光群のお芝居を観るのは初めてなので、その特徴を一言で語るのは難しいのですが、最近の小劇場群の中ではアングラくさい匂いがあるほうではないでしょうか。
 といっても、笑いもあるし、会話も難解というほどではないし、描写も具体的だし、かつてのアングラほどおどろおどろしかったり湿っぽい匂いがあるわけではありません。そこは21世紀の劇団だけあってライトな味です。

 じつは私はあんまりこの手のお芝居には興味がなく、「2人の女兵士の物語」も正直ちょっときつかったので、今回も観ようというモチベーションは比較的薄かったのですが、読売演劇大賞の演出部門で賞をとったというのに興味をもって行ってきました。

 梅ヶ丘BOX(燐光群の本拠地)は、ギチギチに詰めて60人くらいしか入らない穴蔵のような劇場で、今まで観た中で最小かも。
 でも、今回の話は「狭い空間にひきこもる現代人の歪んだ心理」みたいなものがテーマだったので、空間的にはこの狭さがすごくぴったりで、たしかにこれ以上大きい空間でこの芝居をやったら間抜けだなと思いました。
 観終わった印象は、一言でいって「演劇的」。
 最小限のモノで観客の想像力をどんどん刺激していくテクニックの数々に演劇ならではのおもしろさを堪能しました。

 まず、明転すると、舞台の真ん中に「組立式の屋根裏キット」の内部がポッと浮かびあがります。
 屋根裏と言っても持ち運びができるものなので、まあいってみれば「箱」です。
 天井部分が傾斜しているところが「屋根裏風」な以外は「屋根裏」と呼べる要素はじつはひとつもありません。
 この屋根裏の客席側の壁の部分だけをオープンにして、芝居はもっぱらこの箱の中だけで進んでいきます(照明はあくまでも屋根裏の内部にしかあたらなくて、それ以外には暗幕が張ってあるので、屋根裏はまさしく暗闇の中空に浮いているように見える)。
 屋根裏自体は最初から最後まで動かないので、この物理的な制約の中でいかに目先の変化をつけるのかが演出の腕の見せどころとなります。

 屋根裏の中には一人の中年男が座っています(屋根裏の内部は、人は座るか寝るかしかできない大きさとなっている)。
 以後、この屋根裏を舞台にさまざまな人が繰り広げるさまざまなドラマがオムニバス風に大量に重なっていくのですが、うまいのはその“屋根裏の中”という小さな切り取られた空間の使い方です。

 最初は外界から遮断された箱に見えるのですが、やがて正面の扉(人一人がかろうじて潜り込めるくらいの大きさ)が開閉して人が出入りするようになり、次は天井にも出入口があることがわかり、水平の出入りだけでなく垂直の移動も加わります。
 さらに左右には窓がついていて外を眺めることもできることがわかり、この箱が意外に外界と接触する部分が多いことがわかってくるのです。
 箱の中に入ってくる人の数も、最初こそ「1人でも窮屈」に見えるのが、2人入って芝居するばかりか、中で激しく動きまわったり、3人4人と入る人数が増えてくるようになるにつれ、だんだんと狭さに感覚が慣れてくるというか、屋根裏が全宇宙に見えてきて、この切り取られた狭い空間の中ですべてが行われることが当然にように感じられてきます。

 だから、初めて役者が屋根裏の外で芝居を始めたとき(キャスターが組立式屋根裏の急速な流行についてのニュースを読み上げる場面)、ただそれだけのことなのに観ている側はギョッとします(実際この場面で後ろのおばちゃんは声に出して「あー、びっくりしたー」と言っていた)。
 この効果は大変スリリングでした。大袈裟に言えば、私たちも知らず知らずのうちにこの切り取られた空間に全宇宙を見て、それ以外を「無」とみなすようになっていたということなんですね。同じ大きさの人間なのに、屋根裏の中に入ると小さく見え、外にたつと大きく見えるのも不思議。
 そして最後には、屋根裏の周囲の暗幕が取り払われ、屋根裏を作っている工場が出現するのですが、ここでは屋根裏が工場という世界を構成する要素の一部でしかなくなります。
 屋根裏自体は最初から最後まで位置を変えないのに、周囲の効果でいかようにも定義づけてしまうというところがいかにも制約を逆手にとった小劇場演劇らしい。

 オムニバスっぽく繰り広げられる一つひとつのエピソードも、空間同様切り取り方が見事でした。
 まさに先日T宝の授業でやった読み合わせ課題くらいのボリュームの話(10分程度)ばかりなのですが、「短い話を書くときは、無理に起承転結をつけようとしなくていい。人間が描けているほうが大事。そうすれば起承転結は演じられる人間によって自然についてくる」と役者さんに言われたアドバイスを思い出し、なるほどと思う部分がありました。
 たとえば、いじめから不登校になり、屋根裏にひきこもったまま出てこなくなった少女のもとを訪ねる女教師の話。
 下手な人が書くと、教師がなにかいい話をして少女の心を開き、学校に行かせる気にするまでとかを書いてしまうところですが、ここでは途中で教師が「私だっていじめられてるのよ」と逆ギレし、職場でも教室でも自分が浮いていることに苦しんでいると告白。ここで立場が逆転し、2人の関係性が動きます。
 2人芝居は関係性が固定してしまうとどんどん退屈するので、このあたりの切り替えはうまいですね。
 そして最後のオチですが、ヒステリーが極限にまできた女教師に対し、なすすべのなくなった少女は、「先生。いいもの見せてあげる」といって部屋の電気を消し、お手製のプラネタリウムを披露します。
 目の前に広がる星空を見て教師は落ち着きを取り戻し、最後に暗闇から2人の「さそり座はどれだかわかる?」「あ、あれじゃない?」というようなボソボソした会話が聞こえてきておしまい。
 うーん。これは「やられた」と思いましたね。2人の問題はなんにも解決していないのに、ちゃんとカタルシスがあるし、お客も納得してしまう。そして2人の人間性も関係性も伝わってくる。
 初心者はどうしても理屈でオチをつけようとして、起承転結に合わせて人物を動かしてしまいがちですが、これはまったく逆。
 しかも「狭い空間」から「無限の広がりを感じさせる星空」へ、一瞬にして空間を切り替えることによって得られる解放感の効果も絶大で、これまたライブの演劇にしかできない試みだなと思いました。

 エピソードには、他にも「新潟の少女監禁事件」を思わせるエピソードや、今はやりの「ニート」など、「ひきこもる人」をキーワードにしたいろいろなシチュエーションが次々に出現し、飽きさせません。
 ただ、一つひとつはおもしろいのですが、さすがに2時間10分休憩なしで続けられるのはきつい。正直、最後の30分は無理やりすべてをまとめようとして急に哲学的になり、ちぐはぐな印象を受けました。
 まとめなくていいから、潔く断片的なオムニバスだけでまとめちゃったほうが斬新な演出も生きてよかったのではないでしょうか。そうすれば30分は短縮できたと思います。

 また、一つひとつのドラマは関係ないようでいて微妙にリンクしているのですが、その「微妙にリンク」という部分がじつはちょっと観る側にとっては厄介でした。
 というのも、全部で13人の役者がいろいろなシチュエーションのいろいろな人物を演じるわけですが、場面ごとに違う役として出てくるわけではなく、前に出てきた役の続きとして同じ役を演じることもあるため、「これは前に演じた役と同じ役という設定? それともまったく関係ない新たな役として出ているの?」といちいち考えてしまい、話に入り込むまでにいまひとつひっかかりを感じてしまうのです。
 見た目をすごくわかりやすく変えてくるわけではないので、そのへんの区別は非常に難しい。キーワードになるセリフがあればはっきりわかるんだけど、それが出るまでは変に深読みしちゃったりして、その深読みが逆に邪魔になることがありました。
 どちらかというと意味を深読みするよりは、五感に訴えてくる感覚を重視する作品だと思うので、深読みの隙を与えるのは損だと思います。

 以上、なんだかんだ言いつつけっこう楽しんだのですが、ひとつとっても謎だったのは客層です。
 若い人が多いのかと思いきや、意外にもおばちゃんが多いんですよ。それも大劇場に出没するようなおばさまではなく、地元のおばちゃんって感じの普段着のおばちゃんが。
 どう見てもアングラっぽいこの芝居の、いったいどこにひきつけられてこの人たちはやってきたのか……。
 失礼ながらおばちゃん好みのイケメンがいるとも思えないんですけど。
 演劇界の七不思議です(←そこまで謎なのか?)。
 どなたか理由をご存じの方は教えてください。

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この記事へのコメント

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「近所だから来た」んだと思うけど

>意外にもおばちゃんが多いんですよ。それも大劇場に出没するようなおばさまではなく、地元のおばちゃんって感じの普段着のおばちゃんが。

んー、梅が丘って東京の世田谷の梅が丘ですよね。
バリバリの住宅地の梅が丘ですよね。
だからほんとに地元のおばちゃんが来ているのではないでしょうか。

ある程度経験値のある演劇ファンなら「アングラっぽいのは苦手…」などの判断ができるんだけど、そうじゃない場合、「近所だから」というのはじゅうぶんにモチベーションを高める要件になるんじゃないかなあ。
  • from 東山にしこ :
  • 2006/08/13 (22:21) :
  • Edit :
  • Res

地域密着型劇団だったのか?

そうか。燐光群は地域密着型の劇団だったのか(←そこまでは言ってない)。
ただ、「近所だから」とふらっと立ち寄るにはかなり敷居が高いと思うんですよ、あそこに入るのって。
すごく高級な店がイチゲンさんを疎外するのと同様、すごく◯◯なところも他を寄せ付けない雰囲気ってあるじゃないですか。
だから間違って入っちゃったのなら「あ、場違いなとこきちゃったよ」というリアクションがあってもいいと思うのですが、意外に居心地よさそうに自然な感じで座っていたので不思議だったんですね。
役者がバイトしてる店の従業員とか常連客とかなのかな。「××くん、頑張ってるみたいだから観にいってあげましょう」みたいな。
うーん。終演後、もうちょっとねばって周囲の様子を観察してくればよかった…。
劇団員の人たちも、昔のアングラからみたらきわめて対応がソフトでさわやかで良くも悪くもフツー。プチアングラって感じでした。
  • from 伊万里@管理人 :
  • 2006/08/13 (22:22) :
  • Edit :
  • Res

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プロフィール

HN:
伊万里
性別:
女性
職業:
劇作家・ライター
趣味:
旅行 骨董 庭仕事

著作



「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」

Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!

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