古伊万里★新伊万里
劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です
白髪との闘争
最近、白髪が気になります。
親を見ている限り、白髪が気になる年齢は相当遅かったようなので、当然のように自分も「白髪は遅いもの」と思いこんでいたところ、罰があたってけっこう早いうちから気になる羽目になりました。
白髪が気になるのは40代後半以降と漠然と思っていましたが、予測より10年は早かったでしょうか…。
美容師さんによると、近頃の若い子は「カラーする前から髪の色が薄い」のみならず、「白髪の進行も早い」らしいです。
いや、べつに自分を「近頃の若い子」にカテゴライズしようとしてるわけじゃないですよ(←言い訳無用)。
で、皆さんは白髪ってどうしてますか?
いきなり真っ白になってくれれば、それはそれで何色にでも染められるし、悩む必要もないんでしょうけど、当たり前のことながら最初は数本まじるところから始まるわけです。
まあ、数本なら抜きますわね(ほんとは抜くのはNGと美容師さんに言われたのですが)。
問題はもう少し増えてきた段階です。
白髪ってただ白いってだけじゃなく、材質感や生え方も黒髪とは異質なので、1本だけでも表面に出るとものすごーく目立つ。
かといって、この程度の本数のために「白髪染め」というのも不経済だし。
というわけで、かなり増えてきても「抜く」か「切る」という作業を地道に続けるしかないわけですが、白髪を抜くのってすごい難しいんですよ。
光のあたる角度によって光るので、ちょっと角度を変えるともうどこにいったかわからなくなってしまう。
「わからないならいいか」と油断してると、また角度を変えた瞬間にキラリ。
「わりゃぁ、なめとんのか!」とつまみだすと、必ず別の毛髪がからみついてきて「お願い。彼にもいいところはあるの。許してあげて」と言わんばかりに邪魔をする。
もちろん許しません。「おまえは関係ねーんだよ。すっこんでろ!」などと毒づきながら全神経を集中させつつ髪をかきわけかきわけ目当ての1本を探り当てる。
「よっしゃ。ここだぁ〜!!」
と確信をもって抜いてみれば、たしかに白かったはずなのに……なぜだ……黒い!
狐につままれたような気分とはまさにこのこと。
……というように、白髪にしてやられる日々が続き、勝率は2勝3敗2引き分けといった感じなのですが(引き分け→抜いてみたら半分が黒で半分が白だったケース)。
白髪のこわいところは、「自分では見えない部分が多い」ということです。
他の老化に関しては目立たないようにごまかすことがある程度可能ですが、白髪は自分の見える範囲しかチェックできないんですよね(たとえば後頭部とか頭頂部とかはチェック不能だし、抜こうにも体勢的にすごく苦しい)。
また、チェックした範囲で「大丈夫」と思っても、動いているうちに内部に潜んでいた自己顕示欲の強い白髪が思わぬ瞬間に飛び出してくることがある。
でも、それは自分ではわからないので、「本人は若いつもりできめていても、周囲はふとした瞬間に白髪を認識して『ああ、やっぱりけっこうな年なんだ』と納得される」という恐ろしい事態を招くことになるのです。嗚呼無情。
自分が確認できない場所で老化が進むのって一番こえーよ。
巷には「白髪だけ染まるシャンプー」とかなんとか出回ってますけど、美容師さんいわく「気休め」だそうで、逆にほんとに染まるようなシャンプーは染め粉が入っていて髪によくないらしいです。
一番いいのは気になる部分をヘアマニキュアでコーティングすることで、これは安くあげようと思えば自分でもできるとのこと。
ただ髪への吸着力が強いだけに、地肌につかないように神経を使わないといけないらしく、慣れるまでは面倒そう。
もう少し割合が増えてきたら挑戦してみようと思いますが、それまでは当分白髪との仁義なきカーチェイスが続きそうです。
最近は白髪に勝った瞬間にかなりのカタルシスを感じるようになってきました。
親を見ている限り、白髪が気になる年齢は相当遅かったようなので、当然のように自分も「白髪は遅いもの」と思いこんでいたところ、罰があたってけっこう早いうちから気になる羽目になりました。
白髪が気になるのは40代後半以降と漠然と思っていましたが、予測より10年は早かったでしょうか…。
美容師さんによると、近頃の若い子は「カラーする前から髪の色が薄い」のみならず、「白髪の進行も早い」らしいです。
いや、べつに自分を「近頃の若い子」にカテゴライズしようとしてるわけじゃないですよ(←言い訳無用)。
で、皆さんは白髪ってどうしてますか?
いきなり真っ白になってくれれば、それはそれで何色にでも染められるし、悩む必要もないんでしょうけど、当たり前のことながら最初は数本まじるところから始まるわけです。
まあ、数本なら抜きますわね(ほんとは抜くのはNGと美容師さんに言われたのですが)。
問題はもう少し増えてきた段階です。
白髪ってただ白いってだけじゃなく、材質感や生え方も黒髪とは異質なので、1本だけでも表面に出るとものすごーく目立つ。
かといって、この程度の本数のために「白髪染め」というのも不経済だし。
というわけで、かなり増えてきても「抜く」か「切る」という作業を地道に続けるしかないわけですが、白髪を抜くのってすごい難しいんですよ。
光のあたる角度によって光るので、ちょっと角度を変えるともうどこにいったかわからなくなってしまう。
「わからないならいいか」と油断してると、また角度を変えた瞬間にキラリ。
「わりゃぁ、なめとんのか!」とつまみだすと、必ず別の毛髪がからみついてきて「お願い。彼にもいいところはあるの。許してあげて」と言わんばかりに邪魔をする。
もちろん許しません。「おまえは関係ねーんだよ。すっこんでろ!」などと毒づきながら全神経を集中させつつ髪をかきわけかきわけ目当ての1本を探り当てる。
「よっしゃ。ここだぁ〜!!」
と確信をもって抜いてみれば、たしかに白かったはずなのに……なぜだ……黒い!
狐につままれたような気分とはまさにこのこと。
……というように、白髪にしてやられる日々が続き、勝率は2勝3敗2引き分けといった感じなのですが(引き分け→抜いてみたら半分が黒で半分が白だったケース)。
白髪のこわいところは、「自分では見えない部分が多い」ということです。
他の老化に関しては目立たないようにごまかすことがある程度可能ですが、白髪は自分の見える範囲しかチェックできないんですよね(たとえば後頭部とか頭頂部とかはチェック不能だし、抜こうにも体勢的にすごく苦しい)。
また、チェックした範囲で「大丈夫」と思っても、動いているうちに内部に潜んでいた自己顕示欲の強い白髪が思わぬ瞬間に飛び出してくることがある。
でも、それは自分ではわからないので、「本人は若いつもりできめていても、周囲はふとした瞬間に白髪を認識して『ああ、やっぱりけっこうな年なんだ』と納得される」という恐ろしい事態を招くことになるのです。嗚呼無情。
自分が確認できない場所で老化が進むのって一番こえーよ。
巷には「白髪だけ染まるシャンプー」とかなんとか出回ってますけど、美容師さんいわく「気休め」だそうで、逆にほんとに染まるようなシャンプーは染め粉が入っていて髪によくないらしいです。
一番いいのは気になる部分をヘアマニキュアでコーティングすることで、これは安くあげようと思えば自分でもできるとのこと。
ただ髪への吸着力が強いだけに、地肌につかないように神経を使わないといけないらしく、慣れるまでは面倒そう。
もう少し割合が増えてきたら挑戦してみようと思いますが、それまでは当分白髪との仁義なきカーチェイスが続きそうです。
最近は白髪に勝った瞬間にかなりのカタルシスを感じるようになってきました。
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「華岡青洲の妻」に夢中です
冬クールのドラマが始まって1ヶ月たちますが、私が一番ハマッているのは「華岡青洲の妻」(NHK総合/毎週金曜21:15〜22:00)です。
原作は有吉佐和子で、今までにも何度も映画化、舞台化、ドラマ化されている名作です。
私も過去に2回ほどTV版を見ましたが(1回は十朱幸代が主演。もう1回は小泉今日子が主演でした)、いずれもドキドキハラハラしたまま釘付けになってしまいました。
このTV版はいずれもスペシャル枠(おそらくお正月)の単発ドラマでしたが、今回は45分×6回の連続もの。心理描写や周囲の人間関係もより濃厚にじっくり描きだされ、これはこれでまた釘付けになります。
華岡青洲は、江戸時代に和歌山で活躍した外科医(1760〜1835)。世界で初めて全身麻酔による外科手術に成功したこと、その陰には青洲の経済的な支えとなった妹たち、自ら麻酔薬の実験台になった妻と母など、家族の死にもの狂いの献身があったことが知られています。
……と、ここまでは史実に描かれる美談の部分。
「華岡青洲の妻」は、この史実を青洲の妻・加恵の視点から描いたドラマで、競いあうように実験台になろうとする嫁と姑の壮絶な確執が生々しく表現されています。
すでに6回のうち2回がオンエア済みで、明日(2/4)に3回目が放送されるので、今からご覧になる皆様のために簡単に今までのストーリーの紹介を…。
<第1回>
江戸後期の紀州・名手。富裕な庄屋の娘・加恵(和久井映見)は、幼い頃より華岡家の於継(田中好子)の美しさに憧れ続けていた。
その於継が、ある日加恵を息子の雲平(のちの青洲/谷原章介)の嫁にもらいたいと言ってきた。
華岡家は代々医者をつとめる家柄だが、医者を育てるには大変なお金が必要なので、当然ながら家計は火の車。おまけに雲平は現在京都に遊学中で、3年たたないと戻ってこないという。
「娘が苦労することは目にみえている」と両親は縁談に消極的だったが、加恵は憧れの於継に望まれたことに舞い上がり、自らの意志で華岡家に嫁ぐ。
華岡家に入った加恵を於継はじつの娘のようにかわいがり、加恵も於継に認めてもらいたくてはりきって働く。
雲平の遊学費用は、妹の於勝(中島ひろ子)と小陸(小田茜)が機織りで稼いでいたが、加恵もそれに加わることで家族としての一体感と自分の居場所を手に入れるのだった。
しかし、そんな幸せな日々も、雲平の帰郷によって一変する。
<第2回>
初めて対面する夫に胸を躍らせる加恵だったが、雲平の足を拭こうとして手を払いのけられた瞬間から、於継の視線が急に冷たくなったことに気づいて慄然とする。
秀才の雲平は一家の希望の星であり、雲平を中心に家族はがっちりと結束を固める。そこに加恵の居場所はなかった。
当時の外科手術は麻酔なしで行われており、手術に伴う患者の苦痛は並大抵ではなかったし、外科医にできる治療も限られていた。
雲平は麻酔薬を完成させることが医学の大きな発展につながると信じ、動物を使って実験を繰り返した。
しかし、麻酔薬は猛毒をもっているため、調合の微妙な加減で命とりになってしまう。多くの動物が犠牲になったが、雲平は諦めずに実験を繰り返す。
於継の豹変ぶりに傷ついた加恵は、はっきりと於継を敵とみなすようになる。雲平の実験の手伝いをすることであらたな自分の居場所をみつける加恵。
そんな加恵に注がれる於継の視線には憎悪すら漂うようになってくる。
やがて加恵は妊娠する。「夫にとりあげてもらいたい」と希望する加恵に、「実家で産むように」と言う於継。
実家に戻された加恵は、「お義母さんはおそろしい人。私のことを、家計を支える道具としか思っていない。身重になって働けなくなったから、食い扶持を減らそうと実家に帰したのだ」と母・豊(根岸季衣)に泣きながら悔しさを訴えるが、豊は「嫁姑とはそういうもの」ととりあわない。
女の子を出産した加恵は、「雲平さんの子供を産めるのは私だけなのだ」と勝利の感覚に酔い、さらに於継への対抗心を燃やしていく。
以上がだいたいのストーリーの流れです。
実験に使われた犬猫のお墓の数がどんどん増えていく中、今週はいよいよ麻酔薬の実験が人間で行われることに。
「実験には私を使って」と火花を散らしあう於継と加恵。
はたして雲平のとった行動は?
これからが佳境です。皆さん、お見逃しなく!
「華岡〜」を見るのは3回目ですが、今回は一番「現代人」から見ても入り込みやすいドラマになっていると思います。
それぞれの人間性が色濃くにじみでていて感情移入しやすいというか。
まず、於継が加恵の「憧れの人」だったという設定ですが、今まで見た「華岡〜」では於継はかなりベテランの女優さんの役どころだったため、「少女が憧れる美しい女性」というにはややトウがたちすぎている印象がありました。
でも、今回の田中好子はかなり若々しく、また「美しさと賢さ」を強調しているので、加恵が憧れて「この人にほめられたい」「この人みたいになりたい」と一生懸命になるのがわかるし、雲平をはさんでの争いも、「嫁と姑」というよりも「同じ女同士」という側面が強調されてより業が深い感じがしました。
また、加恵の於継に対する感情も、最初からうまくいかなかったわけではなく、むしろ「思慕」からスタートしただけに「かわいさ余って憎さ100倍」になったというあたりが説得力あります。母親が言うように「嫁と姑なんてそんなものなんだから諦めなさい」というふうに割り切れないのは最初の「期待値」が高かったからで、こうなると「期待」をしてしまった自分にも腹が立ってくるのかもしれません。
「思慕」からスタートした「憎しみ」は、ただの「憎しみ」と比べて複雑ですから、パッションも強いけど、相手を否定しきることも無視することもできないので、なにかのきっかけで揺れ動くと、予想もつかない感情が生まれたりするんですよね。
そのあたりが今後のみどころでしょうか…。
あと、過去2作は、雲平の陰が薄くて、なんとなく「研究にしか興味がない冷たいエリート然とした男」という印象しかなかったんですが、今回は雲平のキャラも人間的に描かれているのがいいです。
3年ぶりに京都から雲平が帰ってくるシーンは、まさに「スター登場」という感じで、家族全員が雲平に依存していること、雲平に命をかけていることが、全員の興奮ぶりから明確に伝わってきて、その喜びっぷりが激しければ激しいほど取り残された加恵の孤独が鮮明になります。
雲平がただの二枚目キャラではなく、太陽のような絶対的なカリスマとおおらかな明るさを備えているという設定になっているのが新鮮でした。
冬クールはどれもいまひとつで、「次週が待てない!」というほどの魅力あるドラマはなかなかないのですが、唯一「次週が待てない」ドラマが、すでにストーリーを知っているこのドラマというのはなんとも問題ですね。
原作は有吉佐和子で、今までにも何度も映画化、舞台化、ドラマ化されている名作です。
私も過去に2回ほどTV版を見ましたが(1回は十朱幸代が主演。もう1回は小泉今日子が主演でした)、いずれもドキドキハラハラしたまま釘付けになってしまいました。
このTV版はいずれもスペシャル枠(おそらくお正月)の単発ドラマでしたが、今回は45分×6回の連続もの。心理描写や周囲の人間関係もより濃厚にじっくり描きだされ、これはこれでまた釘付けになります。
華岡青洲は、江戸時代に和歌山で活躍した外科医(1760〜1835)。世界で初めて全身麻酔による外科手術に成功したこと、その陰には青洲の経済的な支えとなった妹たち、自ら麻酔薬の実験台になった妻と母など、家族の死にもの狂いの献身があったことが知られています。
……と、ここまでは史実に描かれる美談の部分。
「華岡青洲の妻」は、この史実を青洲の妻・加恵の視点から描いたドラマで、競いあうように実験台になろうとする嫁と姑の壮絶な確執が生々しく表現されています。
すでに6回のうち2回がオンエア済みで、明日(2/4)に3回目が放送されるので、今からご覧になる皆様のために簡単に今までのストーリーの紹介を…。
<第1回>
江戸後期の紀州・名手。富裕な庄屋の娘・加恵(和久井映見)は、幼い頃より華岡家の於継(田中好子)の美しさに憧れ続けていた。
その於継が、ある日加恵を息子の雲平(のちの青洲/谷原章介)の嫁にもらいたいと言ってきた。
華岡家は代々医者をつとめる家柄だが、医者を育てるには大変なお金が必要なので、当然ながら家計は火の車。おまけに雲平は現在京都に遊学中で、3年たたないと戻ってこないという。
「娘が苦労することは目にみえている」と両親は縁談に消極的だったが、加恵は憧れの於継に望まれたことに舞い上がり、自らの意志で華岡家に嫁ぐ。
華岡家に入った加恵を於継はじつの娘のようにかわいがり、加恵も於継に認めてもらいたくてはりきって働く。
雲平の遊学費用は、妹の於勝(中島ひろ子)と小陸(小田茜)が機織りで稼いでいたが、加恵もそれに加わることで家族としての一体感と自分の居場所を手に入れるのだった。
しかし、そんな幸せな日々も、雲平の帰郷によって一変する。
<第2回>
初めて対面する夫に胸を躍らせる加恵だったが、雲平の足を拭こうとして手を払いのけられた瞬間から、於継の視線が急に冷たくなったことに気づいて慄然とする。
秀才の雲平は一家の希望の星であり、雲平を中心に家族はがっちりと結束を固める。そこに加恵の居場所はなかった。
当時の外科手術は麻酔なしで行われており、手術に伴う患者の苦痛は並大抵ではなかったし、外科医にできる治療も限られていた。
雲平は麻酔薬を完成させることが医学の大きな発展につながると信じ、動物を使って実験を繰り返した。
しかし、麻酔薬は猛毒をもっているため、調合の微妙な加減で命とりになってしまう。多くの動物が犠牲になったが、雲平は諦めずに実験を繰り返す。
於継の豹変ぶりに傷ついた加恵は、はっきりと於継を敵とみなすようになる。雲平の実験の手伝いをすることであらたな自分の居場所をみつける加恵。
そんな加恵に注がれる於継の視線には憎悪すら漂うようになってくる。
やがて加恵は妊娠する。「夫にとりあげてもらいたい」と希望する加恵に、「実家で産むように」と言う於継。
実家に戻された加恵は、「お義母さんはおそろしい人。私のことを、家計を支える道具としか思っていない。身重になって働けなくなったから、食い扶持を減らそうと実家に帰したのだ」と母・豊(根岸季衣)に泣きながら悔しさを訴えるが、豊は「嫁姑とはそういうもの」ととりあわない。
女の子を出産した加恵は、「雲平さんの子供を産めるのは私だけなのだ」と勝利の感覚に酔い、さらに於継への対抗心を燃やしていく。
以上がだいたいのストーリーの流れです。
実験に使われた犬猫のお墓の数がどんどん増えていく中、今週はいよいよ麻酔薬の実験が人間で行われることに。
「実験には私を使って」と火花を散らしあう於継と加恵。
はたして雲平のとった行動は?
これからが佳境です。皆さん、お見逃しなく!
「華岡〜」を見るのは3回目ですが、今回は一番「現代人」から見ても入り込みやすいドラマになっていると思います。
それぞれの人間性が色濃くにじみでていて感情移入しやすいというか。
まず、於継が加恵の「憧れの人」だったという設定ですが、今まで見た「華岡〜」では於継はかなりベテランの女優さんの役どころだったため、「少女が憧れる美しい女性」というにはややトウがたちすぎている印象がありました。
でも、今回の田中好子はかなり若々しく、また「美しさと賢さ」を強調しているので、加恵が憧れて「この人にほめられたい」「この人みたいになりたい」と一生懸命になるのがわかるし、雲平をはさんでの争いも、「嫁と姑」というよりも「同じ女同士」という側面が強調されてより業が深い感じがしました。
また、加恵の於継に対する感情も、最初からうまくいかなかったわけではなく、むしろ「思慕」からスタートしただけに「かわいさ余って憎さ100倍」になったというあたりが説得力あります。母親が言うように「嫁と姑なんてそんなものなんだから諦めなさい」というふうに割り切れないのは最初の「期待値」が高かったからで、こうなると「期待」をしてしまった自分にも腹が立ってくるのかもしれません。
「思慕」からスタートした「憎しみ」は、ただの「憎しみ」と比べて複雑ですから、パッションも強いけど、相手を否定しきることも無視することもできないので、なにかのきっかけで揺れ動くと、予想もつかない感情が生まれたりするんですよね。
そのあたりが今後のみどころでしょうか…。
あと、過去2作は、雲平の陰が薄くて、なんとなく「研究にしか興味がない冷たいエリート然とした男」という印象しかなかったんですが、今回は雲平のキャラも人間的に描かれているのがいいです。
3年ぶりに京都から雲平が帰ってくるシーンは、まさに「スター登場」という感じで、家族全員が雲平に依存していること、雲平に命をかけていることが、全員の興奮ぶりから明確に伝わってきて、その喜びっぷりが激しければ激しいほど取り残された加恵の孤独が鮮明になります。
雲平がただの二枚目キャラではなく、太陽のような絶対的なカリスマとおおらかな明るさを備えているという設定になっているのが新鮮でした。
冬クールはどれもいまひとつで、「次週が待てない!」というほどの魅力あるドラマはなかなかないのですが、唯一「次週が待てない」ドラマが、すでにストーリーを知っているこのドラマというのはなんとも問題ですね。
「華岡青洲の妻」(DVD)
2005年放送分(全6回)を収録したDVD
2005年放送分(全6回)を収録したDVD
「華岡青洲の妻」(小説)
有吉佐和子による原作本。
有吉佐和子による原作本。
少女マンガ家・ビッグ3の素顔
- 2005/01/28 (Fri)
- TV(ドキュメンタリー) |
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- ▲Top
1/24〜26の3夜連続で、「THE・少女マンガ!」というドキュメンタリーをNHK BS2でやっていました(23:00〜24:00)。
1夜につき1人の作家に焦点をあて、その作家のサクセスストーリーと代表作について紹介。最終的にその作家がどういうタイプのアーティストなのかにまで迫るというなかなか興味深い番組でした。
サクセスストーリーの部分は当時の写真と、再現ストーリーで表現。さらに代表作を紹介する部分では、要所要所を抽出し、コマのアップと吹き替え(?)の組み合わせでテンポよく展開(このときのコマを写していくカメラワークがなかなか凝っていてうまかった)。また、作家自身が作品について語るインタビューシーンなども挿入されています。
とりあげられた作家と作品は、まさに私の青春時代(中学・高校時代)に話題になったものばかりだったので、なつかしさもあり、「この作家さんはこんな顔してたのか」という驚きもあり…などなど、いろいろな楽しみ方をさせていただきました。
各回でとりあげられた作家と作品は以下の通りです。
第1夜●美内すずえ「ガラスの仮面」
第2夜●庄司陽子「生徒諸君!」
第3夜●青池保子「エロイカより愛をこめて」
いずれも一世を風靡した人気作品ばかりですが、考えてみると、今まで作品自体がクローズアップされたり分析されたりすることはあっても、「作家との関連性」という視点から作品がとりあげることってあまりなかった気がするんですよね。
で、見ていて思ったのは、おもしろいくらい代表作の主人公と作家のキャラが似ているということ。
美内すずえは、まさに天才肌の北島マヤタイプ。
3人の中で、いわゆる「不遇時代」と一番無縁なのもこの人でした。
遅筆で有名らしいですが(担当編集者は「デビューの1回目しか締切を守っていない」と言い、本人は「いや、もう1回はあったと思う」と主張。どっちでも同じだよ!って感じですが)、書けなくて追いつめられて遅れるという感じではなく、「発酵する時間が必要なの」とのことで、締切の最中にお芝居観に行ったりといたってマイペース。
「ガラスの仮面」の42巻が出るまでに6年かかかったことも、「べつに長いとは思わない。私は時間の流れ方が人とは違うみたいで」とまったく気にしていない様子。
少女時代は、近所の貸本屋に行ってはマンガを端から読みあさっていたようですが、その代金をすべてツケにしたために親にバレてしまい、「マンガ禁止令」がだされたそうです(このへんのマニアックさも北島マヤっぽい)。
で、マンガが読めなくなった少女・すずえが考えたことは、「読めないなら、自分で書こう」というもの。要するに、自分が読みたいものを自分で生産しようと考えたわけです。
美内すずえのストーリーテラーとしての才能はまさに天才的で、編集者から書き直しを命じられたことは1回もないといいます。
そうきくと、「ダメだし」してくれる人がまったくいないっていうのもつらくないかなとか思ってしまいますが、本人いわく「私に一番厳しいダメだしをしてくれるのは“少女時代の私自身”」とのこと。
読者だった頃の自分が最も厳しい目利きであり、あの頃の自分が「おもしろい」と言ってくれるものを書き続けている…と。
要するに、この人はこんなに出世しても、まだ出発点の「自分のために、自分が読みたいものを書く」という気持ちを見失っていないんですね。
こんなふうに言い切れるのって、よっぽど自分に自信がなきゃできないことですよね。やっぱこの人は天才です。
「ガラスの仮面」には、劇中劇が30本くらい出てくるんですが、驚くことに美内すずえは、この劇中劇の台本も全部創ってるらしいんですよ。
最初から最後まで全部創ったうえで、マンガに使う部分だけを抜いて使っているとのこと。つまり、マンガに使われなかった部分は誰の目にも触れないまま眠ってるってことですよ。
すんごいもったいないと思いませんか?
戯曲を勉強している身から見ても「ガラスの仮面」に出てくる劇中劇はかなりのレベルだと思います。
思うんですけど、この劇中劇をひとつの作品として上演するという企画もありなんじゃないでしょうか。
“「ガラスの仮面」の劇中劇×××”という謳い文句だけでかなりの集客が見込めると思うけどなー。
いかがですか? 演劇プロデューサーの皆さん。
第2夜に出てきた庄司陽子は、美内すずえとは対照的で、「努力と根性の人」という感じ。すごくきまじめで、周囲の期待で自分を追い込むタイプといったらいいでしょうか。筆の早さも対照的で、どんなに無理なスケジュールでも絶対に締切を落とさないことで有名らしいです。
そのため、しばしば穴をあけた他の作家のピンチヒッターとして声がかかるパターンを経験していて、その都度、驚異的な仕事の早さでそれを切り抜け、確実にチャンスをものにしていったようです。
「生徒諸君!」のナッキーには、余命の短い双子の姉がいて、ナッキーは姉の分も頑張ろうと、勉強にもスポーツにも人の2倍の努力を払います。
ナッキーの裏の顔を知らない周囲の人々は、ナッキーを「天才的なスーパーウーマン」としか見ませんが、じつはその裏には悲壮な思いが隠されていたわけです。
庄司陽子自身にも、じつは生まれてすぐに亡くなったという姉がいるらしく、その話を聞いたときに「姉が生きてたら私はこの世にはいなかっただろうな」と思い、「私は姉の代わりなんだ」と認識したそうです。
庄司陽子の自分への厳しさの原点はそんなところに根ざしているのかもしれません。
庄司陽子は筆が早いだけに抜きんでた「多作作家」ですが、ネタにつまることはないそうです。
その秘密は、「1日に1冊本を読む」という修業を20年間続けたこと。
それやってたら20年目にはもう読みたい本がなくなり、何を読んでも先が読めてしまうようになったんだそうです。
そのあとは、「1日に2本ビデオを見る」という修業を積んだそうですが、これは10年間で完了したとか。
たしかにこれだけの蓄積があったらネタにつまることはないだろうなー。
庄司陽子の作風は、奇想天外のハラハラドキドキ系ストーリーテリングというよりは、日常的な話の中で人の心の深いところに斬り込んでいくというタイプなので、こういう人は、普通の人が1個のネタから1個の話しか作れないところ、20個も30個も作れちゃうんだと思います。
第3夜の青池保子は、自分の世界を貫いた「孤高の人」という感じ。
この人の場合、「少女マンガ家なのに女の子を書くのが苦手」という致命的な欠点があり、若い頃は何を書いても反響がいまひとつだったらしい。
とはいえ、出版社の専属でいる限りは、言われたものを書かなければならず、あらゆるジャンルに挑戦してはうまくいかないという不遇の日々を過ごし続けたといいます。
転機になったのは、フリーになってから。「イブの息子たち」で新境地を開拓してからは、「男性キャラ」にこだわるようになり、ついには「女」をまったく出さない「青池マンガ」の世界を確立。
その後も「自分の書きたいもの」にこだわり続け、「男性キャラへの思い入れ」「スパイもの好き」「ヨーロッパ文化への造詣」「娯楽性にコメディのエッセンスを注入」という、自分が一番好きなものを追求した結果できあがったのが「エロイカより愛をこめて」ということです。
私がびっくりしたのは、「エロイカ〜」が今もまだ連載中だということ。東西冷戦時代が終わり、国際情勢がどんどん複雑になっていったため、「エロイカ〜」の背景を書くのが難しくなり、いったんは連載を終わらせたものの、復活へのラブコールがやまず、結局軍事評論家のブレーンを得て再び連載を開始したらしいです(その軍事評論家がまた前からの「エロイカ〜」ファンだったそうで、異常に張り切ってネタを提供していたのがおもしろかった)。
もちろん、どの作家も「自分の好きなもの」を追求しているんだとは思いますけど、青池保子の場合、その「好きなもの」がいまいちマイナーで玄人受けするものだったところに不幸と幸福があったんでしょうね。
ちなみに、青池保子は、私が見たところ、3人の中で一番「女子校濃度」が高そうに見えました(笑)。
というわけで、三人三様の仕事ぶり、大変おもしろく見ました。
ぜひシリーズ化して他の作家さんもとりあげてほしいです。
個人的には山岸涼子の素顔とか見てみたいんですけど(笑)。
1夜につき1人の作家に焦点をあて、その作家のサクセスストーリーと代表作について紹介。最終的にその作家がどういうタイプのアーティストなのかにまで迫るというなかなか興味深い番組でした。
サクセスストーリーの部分は当時の写真と、再現ストーリーで表現。さらに代表作を紹介する部分では、要所要所を抽出し、コマのアップと吹き替え(?)の組み合わせでテンポよく展開(このときのコマを写していくカメラワークがなかなか凝っていてうまかった)。また、作家自身が作品について語るインタビューシーンなども挿入されています。
とりあげられた作家と作品は、まさに私の青春時代(中学・高校時代)に話題になったものばかりだったので、なつかしさもあり、「この作家さんはこんな顔してたのか」という驚きもあり…などなど、いろいろな楽しみ方をさせていただきました。
各回でとりあげられた作家と作品は以下の通りです。
第1夜●美内すずえ「ガラスの仮面」
第2夜●庄司陽子「生徒諸君!」
第3夜●青池保子「エロイカより愛をこめて」
いずれも一世を風靡した人気作品ばかりですが、考えてみると、今まで作品自体がクローズアップされたり分析されたりすることはあっても、「作家との関連性」という視点から作品がとりあげることってあまりなかった気がするんですよね。
で、見ていて思ったのは、おもしろいくらい代表作の主人公と作家のキャラが似ているということ。
美内すずえは、まさに天才肌の北島マヤタイプ。
3人の中で、いわゆる「不遇時代」と一番無縁なのもこの人でした。
遅筆で有名らしいですが(担当編集者は「デビューの1回目しか締切を守っていない」と言い、本人は「いや、もう1回はあったと思う」と主張。どっちでも同じだよ!って感じですが)、書けなくて追いつめられて遅れるという感じではなく、「発酵する時間が必要なの」とのことで、締切の最中にお芝居観に行ったりといたってマイペース。
「ガラスの仮面」の42巻が出るまでに6年かかかったことも、「べつに長いとは思わない。私は時間の流れ方が人とは違うみたいで」とまったく気にしていない様子。
少女時代は、近所の貸本屋に行ってはマンガを端から読みあさっていたようですが、その代金をすべてツケにしたために親にバレてしまい、「マンガ禁止令」がだされたそうです(このへんのマニアックさも北島マヤっぽい)。
で、マンガが読めなくなった少女・すずえが考えたことは、「読めないなら、自分で書こう」というもの。要するに、自分が読みたいものを自分で生産しようと考えたわけです。
美内すずえのストーリーテラーとしての才能はまさに天才的で、編集者から書き直しを命じられたことは1回もないといいます。
そうきくと、「ダメだし」してくれる人がまったくいないっていうのもつらくないかなとか思ってしまいますが、本人いわく「私に一番厳しいダメだしをしてくれるのは“少女時代の私自身”」とのこと。
読者だった頃の自分が最も厳しい目利きであり、あの頃の自分が「おもしろい」と言ってくれるものを書き続けている…と。
要するに、この人はこんなに出世しても、まだ出発点の「自分のために、自分が読みたいものを書く」という気持ちを見失っていないんですね。
こんなふうに言い切れるのって、よっぽど自分に自信がなきゃできないことですよね。やっぱこの人は天才です。
「ガラスの仮面」には、劇中劇が30本くらい出てくるんですが、驚くことに美内すずえは、この劇中劇の台本も全部創ってるらしいんですよ。
最初から最後まで全部創ったうえで、マンガに使う部分だけを抜いて使っているとのこと。つまり、マンガに使われなかった部分は誰の目にも触れないまま眠ってるってことですよ。
すんごいもったいないと思いませんか?
戯曲を勉強している身から見ても「ガラスの仮面」に出てくる劇中劇はかなりのレベルだと思います。
思うんですけど、この劇中劇をひとつの作品として上演するという企画もありなんじゃないでしょうか。
“「ガラスの仮面」の劇中劇×××”という謳い文句だけでかなりの集客が見込めると思うけどなー。
いかがですか? 演劇プロデューサーの皆さん。
第2夜に出てきた庄司陽子は、美内すずえとは対照的で、「努力と根性の人」という感じ。すごくきまじめで、周囲の期待で自分を追い込むタイプといったらいいでしょうか。筆の早さも対照的で、どんなに無理なスケジュールでも絶対に締切を落とさないことで有名らしいです。
そのため、しばしば穴をあけた他の作家のピンチヒッターとして声がかかるパターンを経験していて、その都度、驚異的な仕事の早さでそれを切り抜け、確実にチャンスをものにしていったようです。
「生徒諸君!」のナッキーには、余命の短い双子の姉がいて、ナッキーは姉の分も頑張ろうと、勉強にもスポーツにも人の2倍の努力を払います。
ナッキーの裏の顔を知らない周囲の人々は、ナッキーを「天才的なスーパーウーマン」としか見ませんが、じつはその裏には悲壮な思いが隠されていたわけです。
庄司陽子自身にも、じつは生まれてすぐに亡くなったという姉がいるらしく、その話を聞いたときに「姉が生きてたら私はこの世にはいなかっただろうな」と思い、「私は姉の代わりなんだ」と認識したそうです。
庄司陽子の自分への厳しさの原点はそんなところに根ざしているのかもしれません。
庄司陽子は筆が早いだけに抜きんでた「多作作家」ですが、ネタにつまることはないそうです。
その秘密は、「1日に1冊本を読む」という修業を20年間続けたこと。
それやってたら20年目にはもう読みたい本がなくなり、何を読んでも先が読めてしまうようになったんだそうです。
そのあとは、「1日に2本ビデオを見る」という修業を積んだそうですが、これは10年間で完了したとか。
たしかにこれだけの蓄積があったらネタにつまることはないだろうなー。
庄司陽子の作風は、奇想天外のハラハラドキドキ系ストーリーテリングというよりは、日常的な話の中で人の心の深いところに斬り込んでいくというタイプなので、こういう人は、普通の人が1個のネタから1個の話しか作れないところ、20個も30個も作れちゃうんだと思います。
第3夜の青池保子は、自分の世界を貫いた「孤高の人」という感じ。
この人の場合、「少女マンガ家なのに女の子を書くのが苦手」という致命的な欠点があり、若い頃は何を書いても反響がいまひとつだったらしい。
とはいえ、出版社の専属でいる限りは、言われたものを書かなければならず、あらゆるジャンルに挑戦してはうまくいかないという不遇の日々を過ごし続けたといいます。
転機になったのは、フリーになってから。「イブの息子たち」で新境地を開拓してからは、「男性キャラ」にこだわるようになり、ついには「女」をまったく出さない「青池マンガ」の世界を確立。
その後も「自分の書きたいもの」にこだわり続け、「男性キャラへの思い入れ」「スパイもの好き」「ヨーロッパ文化への造詣」「娯楽性にコメディのエッセンスを注入」という、自分が一番好きなものを追求した結果できあがったのが「エロイカより愛をこめて」ということです。
私がびっくりしたのは、「エロイカ〜」が今もまだ連載中だということ。東西冷戦時代が終わり、国際情勢がどんどん複雑になっていったため、「エロイカ〜」の背景を書くのが難しくなり、いったんは連載を終わらせたものの、復活へのラブコールがやまず、結局軍事評論家のブレーンを得て再び連載を開始したらしいです(その軍事評論家がまた前からの「エロイカ〜」ファンだったそうで、異常に張り切ってネタを提供していたのがおもしろかった)。
もちろん、どの作家も「自分の好きなもの」を追求しているんだとは思いますけど、青池保子の場合、その「好きなもの」がいまいちマイナーで玄人受けするものだったところに不幸と幸福があったんでしょうね。
ちなみに、青池保子は、私が見たところ、3人の中で一番「女子校濃度」が高そうに見えました(笑)。
というわけで、三人三様の仕事ぶり、大変おもしろく見ました。
ぜひシリーズ化して他の作家さんもとりあげてほしいです。
個人的には山岸涼子の素顔とか見てみたいんですけど(笑)。
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「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
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