古伊万里★新伊万里
劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です
「ファティマ第3の予言」のパワー
萩乃月さんから「ファティマの予言」の話題が振られ、コメントでレスしようと思ったんですが、「あれ…あの予言きいた最後の生き残りの修道女ってまだ生きてたっけ?……たしか最近死んだような気も……」と気になってちょっと調べたら……なんと今年の2月に亡くなったばかりではないですか!
急に興味が出てきて「ファティマの予言」についてしばしリサーチしてみました。
そしたら、出てくる出てくる、興味深い話が。
こりゃとてもコメントじゃ済まないよ。
というわけで、「ファティマの予言」を知らない人、言葉は聞いたことあるけど細かくは知らない人のために、以下、「ファティマ講座」を…。
「ファティマの奇跡」の始まりは、1917年5月13日(第1次世界大戦中。日本は大正時代です)。
ポルトガルの小さな村ファティマで、ルシア(10)、フランシスコ(8)、ジャシンタ(7)の3人が羊の番をしていたところ、突然聖母マリアと思われる女性が出現し、「これから毎月13日、計6回、同じ時刻に同じ場所に現れる」ことを約束(フランシスコとジャシンタは兄妹で、ルシアは2人の従姉妹)。
ジャシンタが母親に話したため、この事件は周囲の人々にも知れ渡り、2回目の6月13日には60人ほどの村人が奇跡を見に集まってくる。
たしかに超常現象的な不思議な現象はいくつか起こったものの、聖母の姿を見て話ができるのは3人だけだった(正確に言うとフランシスコだけは「姿は見えるけど話はできなかった」らしい。うーん、微妙な立場だ、フランシスコ)。
このとき聖母は、フランシスコとジャシンタはまもなく天国に連れていくが、ルシアだけはもう少し長く生きてメッセンジャーとして務めを果たすようにと告げる(その言葉通り、フランシスコは2年後、ジャシンタは3年後にスペイン風邪で早逝)。
3回目の7月13日には、「最後の出現になる10月にある大きな奇跡を起こす」ことを約束。
さらにこのとき、後に大論争を巻き起こすことになる3つの「予言」をする。
予言は言葉ではなく、映像として見せられたという。
さて、その予言の内容とは…。
第1部「地獄と救済」
来年じゅうに第1次世界大戦は終結するが、再び第2次世界大戦が始まる。
→予言通り、翌年(1918年)に大戦は終結。
第2部「東方からの脅威」
第2次世界大戦の前触れとして、夜間に不思議な光が目撃される。
→予言通り、ヒットラーが台頭する直前に、西ヨーロッパ各地でオーロラのような不思議な発光体が目撃された。
また、ロシアで大きな事件が起こり、ソビエト連邦が誕生する。
そして、無信教の共産圏がキリスト教徒を迫害する。
……と、ここまではわりとすぐに明かされた予言なのだが、残りの一つは封印されたため、「ファティマ第3の予言」は20世紀最大のミステリーとして多くの憶測を呼んだ。
4回目の出現になる8月13日については、「人心を惑わす」と警戒された3人が拘束されたため、聖母の出現はなかった。
5回目の9月13日には、3万人にふくれあがった見物人が「聖母の乗り物」と言われる卵形の球体を目撃。
そしてファイナル・アピアランス(?)の10月13日にはなんと7万を越える見物人が集まった(この人数の計測はどうやってしたんでしょう?)。
その日は土砂降りの雨だったが(にもかかわらず7万人?!)、突然雨がぴたりと止み、太陽のような巨大な発光体が奇怪な動きをして人々の上から降り注ぎ、見物人は「いよいよこの世の終わりがきた」とパニック状態に陥ったが、物体は突然消え、後に残った地面も衣服もすっかり乾いていたという。
なお、この奇跡は数十キロにおよぶ範囲内で確認されている。
子供たちの中で一人生き残ったルシアは、1941年に第1・第2の予言を公開。
第3の予言は1944年に文書に記されたが、それを託された司教は読むことを拒否。
その文書がバチカンにわたったのは1957年で、1960年までは信者に公開してはならないという聖母マリアからのメッセージも合わせて伝えられた。
当時の法王ピオ12世は結局その手紙の封をきらないまま死去。
続くパウロ6世(1963年に就任)は中身を読んだのだが、その内容のあまりの恐ろしさに卒倒し、再び中身を封印してしまったため、「第3の予言」だけはずっとオープンにされないまま月日がたった。
しかし、ついに20世紀最後の年になる2000年、バチカンから「第3の予言の内容」が明らかにされた。
それは、「1981年にヨハネ・パウロ2世が狙撃された事件」の予言だったという。
くしくも法王が狙撃された日は5月13日──ファティマに聖母が出現した最初の日と同じ日付だった。
その加護を受けたかのように、暗殺は未遂に終わり、法王は以後ファティマへ毎年お礼参り(?)を欠かさず行っていたということだ(狙撃時の銃弾は、ファテイマの教会のマリア像の王冠に埋め込まれている)。
なお、いろいろと憶測がとんでいるが、ヨハネ・パウロ2世自身は、暗殺事件より以前には「第3の予言」を読んでいなかったという(狙撃されて入院したあと、病院で初めて読んだそうだ)。
「第3の予言」が発表されてから5年目の今年、2月13日に修道女となったルシアが97歳で死去(またまた13日!)。
そのあとを追うように4月4日にヨハネ・パウロ2世が84歳で死去。
これで「ファティマの予言」にかかわる関係者はすべてこの世を去ったことになる。
以上が「ファティマの奇跡」にかかわるお話です。
とても興味深いのは、歴代の法王が全員「予言」を知っていたわけではないというところです。
私は当然全員手紙を読んでいるのかと思ってましたよ。
多分、手紙がきた時点で、「法王に関する重大な予言(だから送る)」というくらいの情報はいっていたと思うので、だからこそ開けるのがためらわれたのでしょうか。
聖職者といえども、法王も生身の人間なんだなとなんとなく人間くささを感じてしまいました。
一説によると、法王がなかなか開けない(あるいは発表しない)ことについて、ルシアは「私の言うことに誰も注意を払わないことを悲しく思うと聖母がおっしゃっている」というようなクレームをつけたらしいが、べつに無視してるとか軽んじてるわけじゃなく、むしろ逆だと思いますけどね。
「そんな予言信じない」と思えば、もっとさっさと開けていただろうし、封印したままという行為自体にものすごく「関心の高さ」を感じます。
それにしても、中身を読んで卒倒したというパウロ6世。
この人が一番責任重大だと思います。
このエピソードのせいで「どんなに恐ろしい予言なんだ」と世界中の人々がパニック状態に陥ったのですから、人心を惑わしたといっても過言ではありません。
まあ、法王にとっては「自分が暗殺されるかもしれない」という恐ろしい予言かもしれませんが、萩乃月さんも言う通り「身内の事件」だし、申し訳ないけどキリスト教徒以外にとっては「対岸の火事」。
「人類滅亡」とか「世界を巻き込む核戦争」とか「宇宙人襲来」とかに匹敵するほどのスケールとは思えません。
皆、口には出さねど、「第3の予言」の発表をきいて「なんだ……」と思ったはず。
しかも法王、結果的には命助かってるわけだし。
だからこそ「本当はもっとすごい予言が隠されているんじゃないか」と疑う人が今でも絶えないのでしょう。
聖母の指示によれば、「第3の予言」は1960年になったら公開していいわけだから、法王はやはりその時点で予言の中身を明らかにすべきだったのではないでしょうか。
予言というからには、公開しようとしまいと成就するものなんでしょうから。
むしろオープンにしたほうが、周囲も暗殺に対する警戒を強めてくれて気が楽になるのでは?
「暗殺されるという予言をされたが、キリスト教徒として殉教は望むところだ。予言上等! 来るなら来い>暗殺者。そんなものを恐れて法王ができるか!」くらいの意気込みの法王がいたらかっこよかったのになあ(←異教徒の勝手な期待)。
ともあれ、1960年にさっさと発表していれば、「第3の予言」がこんなに長期間、恐怖をまき散らすことはなかったでしょう。
「秘密」にし続けたからこそ、これだけの注目を集め、人々の想像をかきたて続けてきたんですよね。
「秘密」ってすごいパワーだなー。
情報化社会になればなるほど秘密のもつパワーは倍加する気がします。
私は好奇心に負けてすぐに手紙を開封してしまい、その内容の重さに耐えかねてすぐにベラベラしゃべってしまいそうなクチなので、秘密の重さに耐え続けることができる人ってそれだけでこわいです。。。
急に興味が出てきて「ファティマの予言」についてしばしリサーチしてみました。
そしたら、出てくる出てくる、興味深い話が。
こりゃとてもコメントじゃ済まないよ。
というわけで、「ファティマの予言」を知らない人、言葉は聞いたことあるけど細かくは知らない人のために、以下、「ファティマ講座」を…。
「ファティマの奇跡」の始まりは、1917年5月13日(第1次世界大戦中。日本は大正時代です)。
ポルトガルの小さな村ファティマで、ルシア(10)、フランシスコ(8)、ジャシンタ(7)の3人が羊の番をしていたところ、突然聖母マリアと思われる女性が出現し、「これから毎月13日、計6回、同じ時刻に同じ場所に現れる」ことを約束(フランシスコとジャシンタは兄妹で、ルシアは2人の従姉妹)。
ジャシンタが母親に話したため、この事件は周囲の人々にも知れ渡り、2回目の6月13日には60人ほどの村人が奇跡を見に集まってくる。
たしかに超常現象的な不思議な現象はいくつか起こったものの、聖母の姿を見て話ができるのは3人だけだった(正確に言うとフランシスコだけは「姿は見えるけど話はできなかった」らしい。うーん、微妙な立場だ、フランシスコ)。
このとき聖母は、フランシスコとジャシンタはまもなく天国に連れていくが、ルシアだけはもう少し長く生きてメッセンジャーとして務めを果たすようにと告げる(その言葉通り、フランシスコは2年後、ジャシンタは3年後にスペイン風邪で早逝)。
3回目の7月13日には、「最後の出現になる10月にある大きな奇跡を起こす」ことを約束。
さらにこのとき、後に大論争を巻き起こすことになる3つの「予言」をする。
予言は言葉ではなく、映像として見せられたという。
さて、その予言の内容とは…。
第1部「地獄と救済」
来年じゅうに第1次世界大戦は終結するが、再び第2次世界大戦が始まる。
→予言通り、翌年(1918年)に大戦は終結。
第2部「東方からの脅威」
第2次世界大戦の前触れとして、夜間に不思議な光が目撃される。
→予言通り、ヒットラーが台頭する直前に、西ヨーロッパ各地でオーロラのような不思議な発光体が目撃された。
また、ロシアで大きな事件が起こり、ソビエト連邦が誕生する。
そして、無信教の共産圏がキリスト教徒を迫害する。
……と、ここまではわりとすぐに明かされた予言なのだが、残りの一つは封印されたため、「ファティマ第3の予言」は20世紀最大のミステリーとして多くの憶測を呼んだ。
4回目の出現になる8月13日については、「人心を惑わす」と警戒された3人が拘束されたため、聖母の出現はなかった。
5回目の9月13日には、3万人にふくれあがった見物人が「聖母の乗り物」と言われる卵形の球体を目撃。
そしてファイナル・アピアランス(?)の10月13日にはなんと7万を越える見物人が集まった(この人数の計測はどうやってしたんでしょう?)。
その日は土砂降りの雨だったが(にもかかわらず7万人?!)、突然雨がぴたりと止み、太陽のような巨大な発光体が奇怪な動きをして人々の上から降り注ぎ、見物人は「いよいよこの世の終わりがきた」とパニック状態に陥ったが、物体は突然消え、後に残った地面も衣服もすっかり乾いていたという。
なお、この奇跡は数十キロにおよぶ範囲内で確認されている。
子供たちの中で一人生き残ったルシアは、1941年に第1・第2の予言を公開。
第3の予言は1944年に文書に記されたが、それを託された司教は読むことを拒否。
その文書がバチカンにわたったのは1957年で、1960年までは信者に公開してはならないという聖母マリアからのメッセージも合わせて伝えられた。
当時の法王ピオ12世は結局その手紙の封をきらないまま死去。
続くパウロ6世(1963年に就任)は中身を読んだのだが、その内容のあまりの恐ろしさに卒倒し、再び中身を封印してしまったため、「第3の予言」だけはずっとオープンにされないまま月日がたった。
しかし、ついに20世紀最後の年になる2000年、バチカンから「第3の予言の内容」が明らかにされた。
それは、「1981年にヨハネ・パウロ2世が狙撃された事件」の予言だったという。
くしくも法王が狙撃された日は5月13日──ファティマに聖母が出現した最初の日と同じ日付だった。
その加護を受けたかのように、暗殺は未遂に終わり、法王は以後ファティマへ毎年お礼参り(?)を欠かさず行っていたということだ(狙撃時の銃弾は、ファテイマの教会のマリア像の王冠に埋め込まれている)。
なお、いろいろと憶測がとんでいるが、ヨハネ・パウロ2世自身は、暗殺事件より以前には「第3の予言」を読んでいなかったという(狙撃されて入院したあと、病院で初めて読んだそうだ)。
「第3の予言」が発表されてから5年目の今年、2月13日に修道女となったルシアが97歳で死去(またまた13日!)。
そのあとを追うように4月4日にヨハネ・パウロ2世が84歳で死去。
これで「ファティマの予言」にかかわる関係者はすべてこの世を去ったことになる。
以上が「ファティマの奇跡」にかかわるお話です。
とても興味深いのは、歴代の法王が全員「予言」を知っていたわけではないというところです。
私は当然全員手紙を読んでいるのかと思ってましたよ。
多分、手紙がきた時点で、「法王に関する重大な予言(だから送る)」というくらいの情報はいっていたと思うので、だからこそ開けるのがためらわれたのでしょうか。
聖職者といえども、法王も生身の人間なんだなとなんとなく人間くささを感じてしまいました。
一説によると、法王がなかなか開けない(あるいは発表しない)ことについて、ルシアは「私の言うことに誰も注意を払わないことを悲しく思うと聖母がおっしゃっている」というようなクレームをつけたらしいが、べつに無視してるとか軽んじてるわけじゃなく、むしろ逆だと思いますけどね。
「そんな予言信じない」と思えば、もっとさっさと開けていただろうし、封印したままという行為自体にものすごく「関心の高さ」を感じます。
それにしても、中身を読んで卒倒したというパウロ6世。
この人が一番責任重大だと思います。
このエピソードのせいで「どんなに恐ろしい予言なんだ」と世界中の人々がパニック状態に陥ったのですから、人心を惑わしたといっても過言ではありません。
まあ、法王にとっては「自分が暗殺されるかもしれない」という恐ろしい予言かもしれませんが、萩乃月さんも言う通り「身内の事件」だし、申し訳ないけどキリスト教徒以外にとっては「対岸の火事」。
「人類滅亡」とか「世界を巻き込む核戦争」とか「宇宙人襲来」とかに匹敵するほどのスケールとは思えません。
皆、口には出さねど、「第3の予言」の発表をきいて「なんだ……」と思ったはず。
しかも法王、結果的には命助かってるわけだし。
だからこそ「本当はもっとすごい予言が隠されているんじゃないか」と疑う人が今でも絶えないのでしょう。
聖母の指示によれば、「第3の予言」は1960年になったら公開していいわけだから、法王はやはりその時点で予言の中身を明らかにすべきだったのではないでしょうか。
予言というからには、公開しようとしまいと成就するものなんでしょうから。
むしろオープンにしたほうが、周囲も暗殺に対する警戒を強めてくれて気が楽になるのでは?
「暗殺されるという予言をされたが、キリスト教徒として殉教は望むところだ。予言上等! 来るなら来い>暗殺者。そんなものを恐れて法王ができるか!」くらいの意気込みの法王がいたらかっこよかったのになあ(←異教徒の勝手な期待)。
ともあれ、1960年にさっさと発表していれば、「第3の予言」がこんなに長期間、恐怖をまき散らすことはなかったでしょう。
「秘密」にし続けたからこそ、これだけの注目を集め、人々の想像をかきたて続けてきたんですよね。
「秘密」ってすごいパワーだなー。
情報化社会になればなるほど秘密のもつパワーは倍加する気がします。
私は好奇心に負けてすぐに手紙を開封してしまい、その内容の重さに耐えかねてすぐにベラベラしゃべってしまいそうなクチなので、秘密の重さに耐え続けることができる人ってそれだけでこわいです。。。
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百十七人の迷える枢機卿
──「コンクラーベ」という言葉を聞いた瞬間、「これがホントの『根比べ』」と思ってしまったのは私だけ?──
この数日、ネットなどで上記のような記述を目にするたびに「いや。あんたで 987人目だから!」とつっこみたくなりました。
ていうか、私は26年前のコンクラーベのニュースが流れたときから同じこと考えてましたから(←年くってるのがそんなに自慢か?>自分)。
なんか、ここまで全員が同じ反応だと、たまにはまったく違う言葉を連想する人はいないのか?と思ってしまいますね。
というコンクラーベですが、私は「煙突から煙」という超レトロな合図(ほとんど“のろし”状態だ)がツボにはまり、まるでオリンピックかW杯を待つかのような勢いで楽しみにしていました。
なのに……なのに……4回目で決定って……
決まるの早すぎだよッ!!
全然「根比べ」じゃないじゃん!(←結局自分も同じ発想)
なんだか「最近の相撲の勝負は早くつきすぎてつまらない」と嘆くオールド相撲ファンのような気分。
そもそも、コンクラーベは、法王の空位時代が長期化するのを避けるために「さっさと次の候補を決めよう」という目的のもとに作られた手続き。
ということは、昔は結果が出るまで長引くのが当然だったわけですよね。
だから今度も「長引くってどこまで長引くんだろう。7回だかなんだか投票しても決まらないときはいったん『水入り(?)』になって仕切り直すんだよね」とワクワクしていたのですが、水入りどころか過去100年間に行われたコンクラーベ9回の中で2番目に早い決着となってしまいました。
いや、長引けばいいってもんじゃないとは思うけど、26年ぶりのイベントなんだからもう少し盛り上げてほしかったです。
じつは当分コンクラーベで盛り上がれると思って(外から帰るたびに「今日の煙は何色だった?」と家族に必ず確認するとか)、臨場感を味わおうとコンクラーベを題材にしたダン・ブラウンのミステリ「天使と悪魔」をネットで取り寄せたんですが、本が着く前にコンクラーベ終わっちゃうし……。
ちぇっ。今日、届いたけどもう読む気失せた(←ブーム去るのが早いやつ)。
しかも蓋を開けてみれば大本命のドイツ人枢機卿が新法王に……というなんの波乱もない結果。
いや、波乱があればいいってもんじゃないとは思うけど、26年ぶり…(以下同文)。
そもそもドイツってプロテスタント発祥の地っていうイメージなんで、カソリック総本山のトップがドイツ人ってどうもピンとこないんですよね。
ラッツィンガー卿は、78歳と20世紀以降の法王としては史上最高齢。
イタリアのメディアでは、「高齢と現状維持」が決めてとなったのでは?と報道していますが、それって………著しく身も蓋もない理由ですね。
その瞬間、宝塚の次期トップスター決定の舞台裏を連想してしまったのは私だけ?(←いや。多分あなたで1052人目です)
で、話は煙突に戻るのですが、私は煙突から出る煙が見たい一心で深夜までずっとCNNニュースを見ていたのに、もう決まったあとだからなのか、にこやかに祝福を与える新法王や歓喜にわきかえる群衆の姿ばかりが映し出されていっこうに煙突が出てこない。
ようやく今日になって煙突の映像を見ることができたのですが……。
いやー…あれはないでしょう…。
あまりにショボい煙突で衝撃を受けました(父いわく「田舎にあるストーブにくっついてる煙突みたい」)。
そして噂通り、出てくる煙はたしかに白なんだか黒なんだかはっきりしない(バックの空の色によってますます色が判別しにくくなる)。
初日なんて、白い煙が出てきて歓声が上がったのもつかの間、途中から黒に変わったという悩ましい光景もあったそうで、失望のあまり泣き出してしまう信者もいたとか……。
それじゃまずいだろうってんで、今回は煙だけではなく鐘も鳴らすことになったのに、鐘を鳴らすタイミングも遅くて煙が出てから15分後だったらしい(←もしかして信者の心を弄んでいませんか?)。
それにしても白が途中から黒って……薬品の入れ忘れに途中で気づいたのか、はたまた票がまとまって燃やしかかったところで「やっぱりちょっと待った!」と意見を翻した枢機卿がいたのか、なんともミステリアスな話です。
わかりやすいっていうことでいうなら、煙じゃなくて旗をあげるとか、決まったら花火を打ち上げるとか、いろいろとやりようはあると思うのですが、あえて煙の色という非常に判別しにくいものに頑固にこだわり続けているのがおもしろいですね。
このコンクラーベ、外部との接触はいっさい断たれるということがしきりに話題になっていましたが(昔は会議を長引かせないために、決まるまでは食事もパンと水しか与えなかったそうです)、基本的な疑問として、中にいる人同士の交流が自由なら談合もし放題なのではないかと思うんですけど…。
いずれにしろ、密室というのは、中で何が行われているのか、なにかと興味をかきたてられるものです。
決まるまで解放してもらえないというシチュエーションは、まさに「十二人の怒れる男」のような劇的な設定。
これはもう、「十二人の怒れる男」のパロディで「十二人の優しい日本人」という秀逸な作品を書いた三谷幸喜にぜひ舞台化してもらいたいですね。
タイトルは「百十七人の迷える枢機卿」で(←却下。数が多すぎて舞台に乗り切れません)。
この数日、ネットなどで上記のような記述を目にするたびに「いや。あんたで 987人目だから!」とつっこみたくなりました。
ていうか、私は26年前のコンクラーベのニュースが流れたときから同じこと考えてましたから(←年くってるのがそんなに自慢か?>自分)。
なんか、ここまで全員が同じ反応だと、たまにはまったく違う言葉を連想する人はいないのか?と思ってしまいますね。
というコンクラーベですが、私は「煙突から煙」という超レトロな合図(ほとんど“のろし”状態だ)がツボにはまり、まるでオリンピックかW杯を待つかのような勢いで楽しみにしていました。
なのに……なのに……4回目で決定って……
決まるの早すぎだよッ!!
全然「根比べ」じゃないじゃん!(←結局自分も同じ発想)
なんだか「最近の相撲の勝負は早くつきすぎてつまらない」と嘆くオールド相撲ファンのような気分。
そもそも、コンクラーベは、法王の空位時代が長期化するのを避けるために「さっさと次の候補を決めよう」という目的のもとに作られた手続き。
ということは、昔は結果が出るまで長引くのが当然だったわけですよね。
だから今度も「長引くってどこまで長引くんだろう。7回だかなんだか投票しても決まらないときはいったん『水入り(?)』になって仕切り直すんだよね」とワクワクしていたのですが、水入りどころか過去100年間に行われたコンクラーベ9回の中で2番目に早い決着となってしまいました。
いや、長引けばいいってもんじゃないとは思うけど、26年ぶりのイベントなんだからもう少し盛り上げてほしかったです。
じつは当分コンクラーベで盛り上がれると思って(外から帰るたびに「今日の煙は何色だった?」と家族に必ず確認するとか)、臨場感を味わおうとコンクラーベを題材にしたダン・ブラウンのミステリ「天使と悪魔」をネットで取り寄せたんですが、本が着く前にコンクラーベ終わっちゃうし……。
ちぇっ。今日、届いたけどもう読む気失せた(←ブーム去るのが早いやつ)。
しかも蓋を開けてみれば大本命のドイツ人枢機卿が新法王に……というなんの波乱もない結果。
いや、波乱があればいいってもんじゃないとは思うけど、26年ぶり…(以下同文)。
そもそもドイツってプロテスタント発祥の地っていうイメージなんで、カソリック総本山のトップがドイツ人ってどうもピンとこないんですよね。
ラッツィンガー卿は、78歳と20世紀以降の法王としては史上最高齢。
イタリアのメディアでは、「高齢と現状維持」が決めてとなったのでは?と報道していますが、それって………著しく身も蓋もない理由ですね。
その瞬間、宝塚の次期トップスター決定の舞台裏を連想してしまったのは私だけ?(←いや。多分あなたで1052人目です)
で、話は煙突に戻るのですが、私は煙突から出る煙が見たい一心で深夜までずっとCNNニュースを見ていたのに、もう決まったあとだからなのか、にこやかに祝福を与える新法王や歓喜にわきかえる群衆の姿ばかりが映し出されていっこうに煙突が出てこない。
ようやく今日になって煙突の映像を見ることができたのですが……。
いやー…あれはないでしょう…。
あまりにショボい煙突で衝撃を受けました(父いわく「田舎にあるストーブにくっついてる煙突みたい」)。
そして噂通り、出てくる煙はたしかに白なんだか黒なんだかはっきりしない(バックの空の色によってますます色が判別しにくくなる)。
初日なんて、白い煙が出てきて歓声が上がったのもつかの間、途中から黒に変わったという悩ましい光景もあったそうで、失望のあまり泣き出してしまう信者もいたとか……。
それじゃまずいだろうってんで、今回は煙だけではなく鐘も鳴らすことになったのに、鐘を鳴らすタイミングも遅くて煙が出てから15分後だったらしい(←もしかして信者の心を弄んでいませんか?)。
それにしても白が途中から黒って……薬品の入れ忘れに途中で気づいたのか、はたまた票がまとまって燃やしかかったところで「やっぱりちょっと待った!」と意見を翻した枢機卿がいたのか、なんともミステリアスな話です。
わかりやすいっていうことでいうなら、煙じゃなくて旗をあげるとか、決まったら花火を打ち上げるとか、いろいろとやりようはあると思うのですが、あえて煙の色という非常に判別しにくいものに頑固にこだわり続けているのがおもしろいですね。
このコンクラーベ、外部との接触はいっさい断たれるということがしきりに話題になっていましたが(昔は会議を長引かせないために、決まるまでは食事もパンと水しか与えなかったそうです)、基本的な疑問として、中にいる人同士の交流が自由なら談合もし放題なのではないかと思うんですけど…。
いずれにしろ、密室というのは、中で何が行われているのか、なにかと興味をかきたてられるものです。
決まるまで解放してもらえないというシチュエーションは、まさに「十二人の怒れる男」のような劇的な設定。
これはもう、「十二人の怒れる男」のパロディで「十二人の優しい日本人」という秀逸な作品を書いた三谷幸喜にぜひ舞台化してもらいたいですね。
タイトルは「百十七人の迷える枢機卿」で(←却下。数が多すぎて舞台に乗り切れません)。
「大化改新」を見ました(今頃…)
春クールの連ドラがスタートしかかっているので、ためてある録画を今のうちに消化しておかないと…と思い、遅ればせながら正月ドラマの「大化改新」を観ました。
古代史もののドラマは考証も難しいし、風俗の再現も難しいし、天皇の問題もからむしで、面倒な問題が多いためか、あまりお目にかかりません。
昨年、やはりお正月にオンエアされた「聖徳太子」が好評だったので、その第2弾ということでやったのだと思いますが(脚本はいずれも池端俊策)、視聴率的にはいまひとつだったみたいですね。
ネットで感想拾ってみても、今回は内容的に不満足の人が多かったようで。
なので、私もそれほど期待せずに観たのですが、予想したよりもずっとよかったです。
たしかに巷で言われているように描写不足はあったと思います。
入鹿がなぜあんなに冷酷な政治家に変わってしまったのか。
鎌足はなぜ幼なじみの入鹿を暗殺することを決意したのか。
まあ、皆さんが「描き込み不足」と感じられる部分はこのあたりでしょう。
もっと基本的な不足部分を言わせてもらえば、鎌足が中大兄と組んで入鹿を暗殺しようと企ててからそれが成就するまでが駆け足すぎで、「あれよ、あれよ」という間に終わってしまうのでそこに無理を感じました。
最初のほうに時間をかけすぎたのかもしれませんが、それにしても「政治にはまったく興味がなさげで、しかもいったん田舎にひきこもって朝廷にはなんのコネもなくなったかのように見える鎌足」が、朝廷の頂点に君臨する入鹿を暗殺する計画を成功させるには、かなりの紆余曲折があったはず(しかも途中で計画を入鹿に見抜かれてるのに)。
そのへんの苦労というか、大変なところを描いてくれないと、クライマックスの大化改新が非常に薄っぺらなものに見えてしまう残念さがあります。
あと、中大兄皇子は皇子という身分を隠して南渕講安という唐から渡ってきた医師の助手のようなことをしているんですが(というふうにしか見えないんですが)、鎌足は死際の講安の言葉「生きてここを出て中大兄皇子を訪ねなさい。あなたがなすべきことがわかるでしょう」を受けて飛鳥を訪ね、そこであの有名な蹴鞠のシーン(蹴鞠で中大兄皇子の靴が脱げてしまい、鎌足がそれを拾って差し出したのが馴れ初め)につながっていきます。
じつは中大兄皇子だと知らずに、すでに講安を通じて2人は気の合う同志だった……という設定はフィクションならではの大変おもしろいシチュエーションだと思うのですが、ならば「あなたが皇子だったのか?!」というネタバレの瞬間のドラマも視聴者としてはぜひ観たいところ。ところが、なぜかこのへんすっとばしまくりなんですよ。鎌足は皇子だということを薄々知っていたから驚かなかったのかもしれませんが、だったら「知っていましたよ」ということを皇子に伝えるシーンがあってもいいのでは?
オチがないとせっかくの設定も生きないし、なんとなく見逃してしまう人も多くてもったいないと思います。
その他、「もうちょっとここを書いてくれないと」というところは多々あったのですが、それでも全体を見終えてそれほどそれが気にならず、けっこう入れ込んで観ることができたのは、この作品に「ロマン」の香りを感じたからだと思います。
たしかにこの時代の政治事情はもっと複雑だと思うし、それにしては鎌足や中大兄や入鹿の書き方は甘いと思うし、古代史好きにとっては「こんなんじゃないんだよ!」という不満が多いのはわからないでもない。
でもそれは歴史ドラマの宿命というもので、歴史好きが満足するドラマは必ずしもドラマ好きを満足させないんですよね。
大河ドラマなら、「歴史に対する新しい解釈や切り込み」があってもいいし、それを描き込むだけの時間的余裕もあるでしょう。登場人物もどんどん増やせると思います。
でも3時間かそこらで完結した話にするには、もっとミクロで語らなければ処理しきれないし、無理やり処理してもストーリーを説明するだけになってしまう危険があります。
そういう意味では、歴史的背景に切り込みすぎず、鎌足と入鹿の2人の人間関係にしぼった展開にしたのは正解だと思うし、さらにいえば、(これはどこかのブログにも書いてあったのですが)2人の関係に友情以上ホモ未満のような匂いをもたせたところが心憎い本だなと思いました。
一見、与志古(鎌足の妻)を巡る三角関係を描いているようでいて、じつは鎌足と入鹿の関係が絶対的なものなんですよね。このへん、宝塚好きな人にはとってもよくわかると思うんですが、宝塚でも、一番人気があるのは男役&娘役コンビの正統的ラブよりも、一見三角関係に見えて実はトップ男役&二番手男役の友情以上ホモ未満の美しい愛憎渦巻く関係が濃厚に描かれているドラマだったりします。
女から見れば、同性がないがしろにされているとも見えるこんな構図がなぜ人気なのか、分析してみるといろいろおもしろそうですが、今回はやめておきます。
とにかく、「大化改新」は以上のような美学がわかる人には感情移入しやすいドラマであり、わからない人には「不足面」ばかりが目につくドラマだったでしょう。
キャストについては皆さん健闘されていたと思いますけど、こういうコスチュームものは似合う人と似合わない人の明暗を分けるなーと(笑)。
その点、少女マンガの主人公並のルックスとプロポーションをもつ小栗旬はずば抜けて似合っていて、「もうあんた今後はコスチュームものだけやってちょーだい」と声をかけたくなったほど。これぞ「萌え!」って感じです。
中大兄皇子の役はぴったり。小栗くんは「若き改革者」のイメージが似合う。星座でいうと水瓶座、みたいな。
「ハムレット」で彼にフォーティンブラスをあてた蜷川幸雄はたしかに鋭い。
来年は中大兄&大海人&額田女王の三角関係ドラマでしょうか>NHK。
大河で古代史やってほしい気もするけど、予算的に難しいでしょうから、せめて毎年お正月ドラマで楽しませてください。
古代史もののドラマは考証も難しいし、風俗の再現も難しいし、天皇の問題もからむしで、面倒な問題が多いためか、あまりお目にかかりません。
昨年、やはりお正月にオンエアされた「聖徳太子」が好評だったので、その第2弾ということでやったのだと思いますが(脚本はいずれも池端俊策)、視聴率的にはいまひとつだったみたいですね。
ネットで感想拾ってみても、今回は内容的に不満足の人が多かったようで。
なので、私もそれほど期待せずに観たのですが、予想したよりもずっとよかったです。
たしかに巷で言われているように描写不足はあったと思います。
入鹿がなぜあんなに冷酷な政治家に変わってしまったのか。
鎌足はなぜ幼なじみの入鹿を暗殺することを決意したのか。
まあ、皆さんが「描き込み不足」と感じられる部分はこのあたりでしょう。
もっと基本的な不足部分を言わせてもらえば、鎌足が中大兄と組んで入鹿を暗殺しようと企ててからそれが成就するまでが駆け足すぎで、「あれよ、あれよ」という間に終わってしまうのでそこに無理を感じました。
最初のほうに時間をかけすぎたのかもしれませんが、それにしても「政治にはまったく興味がなさげで、しかもいったん田舎にひきこもって朝廷にはなんのコネもなくなったかのように見える鎌足」が、朝廷の頂点に君臨する入鹿を暗殺する計画を成功させるには、かなりの紆余曲折があったはず(しかも途中で計画を入鹿に見抜かれてるのに)。
そのへんの苦労というか、大変なところを描いてくれないと、クライマックスの大化改新が非常に薄っぺらなものに見えてしまう残念さがあります。
あと、中大兄皇子は皇子という身分を隠して南渕講安という唐から渡ってきた医師の助手のようなことをしているんですが(というふうにしか見えないんですが)、鎌足は死際の講安の言葉「生きてここを出て中大兄皇子を訪ねなさい。あなたがなすべきことがわかるでしょう」を受けて飛鳥を訪ね、そこであの有名な蹴鞠のシーン(蹴鞠で中大兄皇子の靴が脱げてしまい、鎌足がそれを拾って差し出したのが馴れ初め)につながっていきます。
じつは中大兄皇子だと知らずに、すでに講安を通じて2人は気の合う同志だった……という設定はフィクションならではの大変おもしろいシチュエーションだと思うのですが、ならば「あなたが皇子だったのか?!」というネタバレの瞬間のドラマも視聴者としてはぜひ観たいところ。ところが、なぜかこのへんすっとばしまくりなんですよ。鎌足は皇子だということを薄々知っていたから驚かなかったのかもしれませんが、だったら「知っていましたよ」ということを皇子に伝えるシーンがあってもいいのでは?
オチがないとせっかくの設定も生きないし、なんとなく見逃してしまう人も多くてもったいないと思います。
その他、「もうちょっとここを書いてくれないと」というところは多々あったのですが、それでも全体を見終えてそれほどそれが気にならず、けっこう入れ込んで観ることができたのは、この作品に「ロマン」の香りを感じたからだと思います。
たしかにこの時代の政治事情はもっと複雑だと思うし、それにしては鎌足や中大兄や入鹿の書き方は甘いと思うし、古代史好きにとっては「こんなんじゃないんだよ!」という不満が多いのはわからないでもない。
でもそれは歴史ドラマの宿命というもので、歴史好きが満足するドラマは必ずしもドラマ好きを満足させないんですよね。
大河ドラマなら、「歴史に対する新しい解釈や切り込み」があってもいいし、それを描き込むだけの時間的余裕もあるでしょう。登場人物もどんどん増やせると思います。
でも3時間かそこらで完結した話にするには、もっとミクロで語らなければ処理しきれないし、無理やり処理してもストーリーを説明するだけになってしまう危険があります。
そういう意味では、歴史的背景に切り込みすぎず、鎌足と入鹿の2人の人間関係にしぼった展開にしたのは正解だと思うし、さらにいえば、(これはどこかのブログにも書いてあったのですが)2人の関係に友情以上ホモ未満のような匂いをもたせたところが心憎い本だなと思いました。
一見、与志古(鎌足の妻)を巡る三角関係を描いているようでいて、じつは鎌足と入鹿の関係が絶対的なものなんですよね。このへん、宝塚好きな人にはとってもよくわかると思うんですが、宝塚でも、一番人気があるのは男役&娘役コンビの正統的ラブよりも、一見三角関係に見えて実はトップ男役&二番手男役の友情以上ホモ未満の美しい愛憎渦巻く関係が濃厚に描かれているドラマだったりします。
女から見れば、同性がないがしろにされているとも見えるこんな構図がなぜ人気なのか、分析してみるといろいろおもしろそうですが、今回はやめておきます。
とにかく、「大化改新」は以上のような美学がわかる人には感情移入しやすいドラマであり、わからない人には「不足面」ばかりが目につくドラマだったでしょう。
キャストについては皆さん健闘されていたと思いますけど、こういうコスチュームものは似合う人と似合わない人の明暗を分けるなーと(笑)。
その点、少女マンガの主人公並のルックスとプロポーションをもつ小栗旬はずば抜けて似合っていて、「もうあんた今後はコスチュームものだけやってちょーだい」と声をかけたくなったほど。これぞ「萌え!」って感じです。
中大兄皇子の役はぴったり。小栗くんは「若き改革者」のイメージが似合う。星座でいうと水瓶座、みたいな。
「ハムレット」で彼にフォーティンブラスをあてた蜷川幸雄はたしかに鋭い。
来年は中大兄&大海人&額田女王の三角関係ドラマでしょうか>NHK。
大河で古代史やってほしい気もするけど、予算的に難しいでしょうから、せめて毎年お正月ドラマで楽しませてください。
「大化改新」(DVD)
2005年のお正月にNHKで放送された
スペシャルドラマを収録したDVD。
脚本は池端俊策。
出演は岡田准一、木村佳乃、渡部篤郎他。
2005年のお正月にNHKで放送された
スペシャルドラマを収録したDVD。
脚本は池端俊策。
出演は岡田准一、木村佳乃、渡部篤郎他。
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「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
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