古伊万里★新伊万里
劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です
初めての胃カメラ体験
この1週間は私にとってまことにいやーーーな、いやーーーーな時間でした。
その重石も一昨日のお昼で終わりました。
し・あ・わ・せ〜!
私と同じ体験をすれば、皆様もこのような幸福感を味わえること間違いなしです。
方法は簡単。
胃カメラの検査を入れればいいのです。
え。やだ?……まあ、そう言わずに。騙されたと思って。いや、ほんとに騙されたよ、わたしゃ。
私を知る多くの知人は「伊万里さんはいつでも食欲があって健啖家で胃腸も丈夫そうだねー」と言います。
たしかに若い頃はそうでした。若い頃はね。
「胃が具合悪いってどんなふうなの?」と真顔で問うて胃弱の人の怒りを買ったこともしばしばでした。
そんな私も寄る年波には勝てず、中年になってからは人並みに胃の具合が悪くなることが多くなりました。
最初は典型的な「夏バテ」で、暑くなると食欲が失せ、常に胃が重く動かない感じに。そのうちに暑くなくても「ストレスをいつも以上に受けたり忙しかったりする」だけでも同じような症状に見舞われるようになりました。
もっとも、これはずっと続くわけではなく、たいがいしばらくすると元通り復活してしまうので、それほど気にしてはいませんでした。
たまにバリウム飲んだりもしましたが、結果はいつも異常なしで、消化を助ける胃薬を出してもらえばよくなるくらいのレベルでしたし。
が、1ヶ月くらい前から、さらにいやな症状が出てきました。
夜寝ているときにすごーくムカムカするんです。痛みはないんだけど、胃が熱く感じられて、胃酸が出まくってる感じ。その気分の悪さといったらないんですよ。
これってもしかして……潰瘍…?!
急に心配になってきた私は、思い切って両親もかかっている胃腸クリニックに行ってきました。
じつは来週からちょっと海外に行くもので、なにか薬がないと不安だなーと思って。
「とりあえず薬もらっておいて、帰ったら検査してもらおう」
そんな甘い考えで受診したところ、即座に「内視鏡」のハンコをぺたんと押され、「すぐに予約を入れなさい」というではないですか。
正直、バリウムは覚悟してたけど、いきなり内視鏡がくるとは思わず、5歩くらい後ずさりしてしまいました。
「レ、レントゲンじゃないんですか?」
「いや、内視鏡で見ないと診断つかないから。内視鏡、やったことありますか?」
「いえ」
「じゃあよけいやってください。1回やっておけばいいから。何回もやる必要はないけど、1回はやっておいたほうがいいですよ」
「えー……でも薬は…?」
「診断つかないうちから薬は出せませんよ。見当はずれのもの出してもしょうがないし」
「あのー、これから旅行に行くんで、検査はそのあとででも…」
「それならよけいにすぐに検査してスッキリしてから行ってください。診断つけて適切な薬をもらってから旅行に行ったほうが安心でしょう」
いや、ご意見いちいちごもっともなんですけど。
私も他人が同じ立場ならこの先生と同じこと言ったと思います。
でも旅行前のあわただしいときにそんなヘビーなイベント入れるのはどうしても気が進まないし、ありていに言うと胃カメラだけは飲みたくなかった……。
私、喉に何かを突っ込まれるのって異常に苦手なんですよ。
ルゴール塗られるのも耐えられないくらい。
さらに20年ほど前に受けた全身麻酔の手術のとき、麻酔も鎮静剤もなにもないシラフの状態で鼻から胃までビニールチューブをつっこまれた地獄の体験がトラウマとなり、ますます胃カメラに対する恐怖が募っていまして…。
というと、「そんなの誰だっていやだよ」「喉に管つっこまれるのが平気な人なんていないよ」と反論されるかもしれませんが、それは違います。
他人の経験談を聞いても、胃カメラに対する感受性は非常に個人差があります。「胃カメラだけは死んでもいや。あんなもん、人間の飲むもんじゃねぇ」という激しい抵抗を示す人から、「そんなにいやでもない。バリウムのほうがいや」という人までいろいろです。
しかも前者のタイプは疑り深いのか、麻酔もあまり効かないタイプが多く、よりいっそう苦しみが増すのに対し、後者のタイプは往々にして麻酔もチョー効きやすい。いや、麻酔が効かないから嫌いになるのかもしれませんが…。
ちなみに、私の父は前者で、母は後者です。
2人の胃カメラ体験談を聞くと、「ホントに同じ検査を受けたのか?」と疑わしくなるくらい感受性に差があって、何を参考にしたらいいのかわからなくなってきます。
そもそも父がその胃腸クリニックに通うようになったのは、その病院が「胃カメラに鎮静剤を使う方法」をとっているためでした。
一般的に胃カメラは、のどの局所麻酔だけで行うやり方のほうがまだまだ多数派だと思いますが、とにかく胃カメラが苦手な父はこれにどうしても耐えられず、潰瘍をもっているにもかかわらず「もう(検査は)やらない」と言いだし、家族を困らせていました。
ところが知人の情報で「鎮静剤で意識をもうろうとさせた状態で胃カメラを飲む」というやり方を知り、試してみたところかなり楽だったらしく、以来素直に検査を受けるようになったのです。
一方、母は「鎮静剤なんていらない。噴霧の局所麻酔だけで充分。なまじ麻酔が効きすぎると終わったあといつまでも違和感が残っていや」と、「鎮静剤つき検査」を「大袈裟」とでも言いたげ。
私は当然「父派」なので、母の意見など参考にはしません。
だいたい「口を開けて何か噴霧されたなと思った次の瞬間、気がついたらもうカメラが胃の中に入ってた」なんて、そんな迂闊な人間の言うこと、誰が信じられるでしょうか?
気がつけよ! 内臓にカメラ入れられたんだからさ。しかも鎮静剤もなしにですよ。文明人とは思えません。人としてどうなの?と言いたいですね、私は。
前置きが長くなりました。
とにかくそういうわけで、「あの胃カメラ嫌いの父が受けられる検査なんだから、鎮静剤ありならいいか」と納得し、観念して検査の予約を入れたのが1週間前でした。
いやもうこの1週間は寝ても覚めても検査のことが頭から離れず…というのは大袈裟ですが、1日に5回くらいはふっと検査のことを思い出し「あー、やだ」「やだやだ」と老人のようにぼやきまくり、最後は家族に「うるさい」と怒られました。
なんかこんなにやだやだ言ってると、健康な胃を持った人間でもそのストレスで潰瘍のひとつやふたつできそうな気がします。
しかも、「検査の予約を入れると症状がよくなってしまう」という“唐沢の法則”通り、今回も検査が決まってから急に食欲が出てきてすっかり胃の不調は回復してしまったんですよ。
こうなるとますます「やだやだ節」も盛り上がろうというものです。
自分を納得させるため、さまざまな解釈を加えたりもしました。
「まあでも1回くらいやっておくなら今がいい機会かも」とか、「たしかに旅行中具合が悪くなるのはいやだし」とか、「本当に胃の具合が最悪になってから胃カメラ飲むのはもっとつらいかも。回復したくらいの状態のほうがいいか」とか、もっとせこいところでは「健康診断だと保険がきかなくて高くつくけど、具合が悪いときなら保険がきくからお得かも」とか(笑)。
そうこうしているうちに検査当日を迎えました。
「8時45分から」とかなり朝早かったので、朝に弱い私は二重に緊張し、朝4時に1回目が覚めてしまったくらいです(また寝たけど)。
クリニックに着いたのは8時30分。なんかこんなに早く着くとはりきってるみたいに思われてやだなと思いつつ(←思わないよ)検査票を提出。
検査着に着替えて、先に超音波検査を受けてから待合室へ。
胃カメラの検査って実際はそんなに時間かからないんで、何人か順番待ちしてて、次々に呼ばれていくんですね。
まず、その待ってる時間がいやでした。
こういうときに廊下にまで響くような声で苦悶のうめき声を発する人っているじゃないですか。勘弁してほしいです。待ってる側の身にもなってください。あんたはもう終わるからいいけどこっちはこれからやるんだからさ。
幸い、入ってすぐの部屋は簡単に検査の説明をするスペースで、実際に検査をするのはさらに奥のスペースになっており、今回はそういう心配はありませんでした。
呼ばれたのはかれこれ9時半すぎだったでしょうか。
「内視鏡は初めてですか?」といった質問から始まり、「のみこむときに違和感があると思いますが、入ってしまえばけっこう平気ですので、余裕があればモニターを見てみてください」という説明や「検査中は唾を飲み込まないでティッシュの上にそのまま垂れ流してください」という注意などを受けました。
と同時に「胃をきれいにする薬」と称するコップ1杯の「薄いカルピス」みたいなものを飲まされましたが、緊張のあまり味は覚えていません。
ここで私がもっとも心配していた重大なお願いをしました。
「あのー、じつは私、呆然とするほど血管が出ないんです。鎮静剤を打つのって静脈からですよね。なにとぞ、一番うまい看護師さんに入れていただきたいんですが」
前々から何回も自慢(?)していますが、私の血管の出なさ加減はかなりのものです。
「血管出ない選手権」があれば、日本一とまではいかないまでも東京地区代表くらいにはなれる自信があります。
普通の人にとっては「採血」なんてなんてことない医療行為でしょうが、私にとっては冗談でなく命がけです。
この血管のせいで、入院中は病棟中のナースから嫌われたこともあります。血管が出ないと検査も治療も人の何倍も時間がかかるため、しまいには「ごめんなさい。こんな嫌われ者の血管をもった私が悪いんです」と卑屈になってしまったほどです。
何回も刺されるのは本当につらいので、採血時には必ず「私は特別血管が出ないので一番うまい人にお願いします」とカムアウトするんですが、だいたいどのナースもたかをくくって「大丈夫、大丈夫」と聞く耳を持ちません。
で、刺そうとして初めて「しまった」と思うらしいのですが、ナースにもメンツがあるため、なかなか他の人に交替してはくれません。何回か失敗して青あざだらけになって初めて「一番うまい人」に替わってくれるのですが、私にしてみれば「だからあんたが最初からやってよ!」という感じです。
じつは1週間前に検査の予約を入れたとき、「肝炎に感染していないかどうかをチェックするための血液検査」と称して採血されたのですが、そのときもまさにこのパターンでした。
最初のナースはとれないくせに2回も貴重な血管をつぶし、しかも指の関節に近い超痛いところをぐりぐりこねくりまわし、「痛い」と散々騒いでいるのに、「痛い?」「痛い?」と聞きながら絶対に抜いてくれない。この人絶対Sだと思いました。で、入ったかっていうと結局入んないの。
その後、交替したナースはかなり自信があるらしく、痛くないところから一発でとってくれました。すかさず私は名札を見ましたね。そしてお願いしましたよ。
「あなたの腕はすばらしい。ついては1週間後に内視鏡の検査があるので、鎮静剤を注射するときはぜひあなたにお願いしたい」と。
でも1週間後のシフトはわからないらしく、「いたらやるけど、いないかも。でも他の人でもとれますよ。大丈夫、カルテに血管のある場所書いておきますから」とすげーいいかげんな答え。宝探しじゃないんだから、そんなの見て誰でも入るんなら苦労はねぇ!
話戻って。
検査当日、やはりその「採血名人ナース」は不在でした。くそ。プレッシャー感じて逃げたのか。
で、登場したのは「採血がかなりうまい」とされている師長さん。
この1週間、私が思い描いていた最悪のシナリオは、「血管さがしを甘く見て、のどに麻酔をしてから血管を探し始める→思いの他、血管さがしに手間取る→『このままでは胃カメラ飲むときに喉の麻酔がきれてしまう』という恐怖にかられるが、のどの麻酔が効いていて声が出ないので訴えることができない」というものでした。経験者談によると、ここでは喉の麻酔をしてから鎮静剤を打つとのことでしたので。が、師長さんは最初に鎮静剤注射から着手したのでまずは一安心。
わりと自信ありげに出てきた師長さんですが、案の定私の腕を見たとたん厳しい表情に…。ただでさえ出にくいところにもってきて、「朝起き抜け」「食事抜き」というバッドコンディションでいつも以上に事態は深刻でした。
「ない…………どこにもない………」
いや、あるよ。なきゃ生きてないって。
まずは1週間前に成功した「痛くない場所」に刺したものの、やっぱりそこは「幻の血管」だったようでした。
次にSのナースが「痛い?」「痛い?」とこねくりまわした関節のそばに刺そうとするので、「そこ、この間失敗しました」と忠告したところ、真剣な表情で「やめてください。こっちも緊張してるんです。プレッシャーかけないで」。
いや……そんなこと言われても、私だって無駄に刺されたくないし。
だいたい、胃カメラを飲むという最高にいやな仕事を直前に控えた緊張感マックスのこのときに、なぜこんな余計な苦痛を延々と味わわなきゃいけないんだよ。
関節のそばに刺した針は、一応入ったんですけど、非常に不安定な場所で、どうしても薬が入っていかなくて断念。入った場所を固定する人と、注射器をひく人と、2人がかりで頑張ったけどダメでした。
ますます焦りの色を深めていく師長さんを前にして、私の中にさらに最悪のシナリオが浮かび上がってきました。
それは「どうしても血管が出ないので、鎮静剤注射を諦め、鎮静剤なしで胃カメラを飲まされる」というシナリオです。
ひ〜〜!!お代官さま。それだけは勘弁してくだせぇ〜!!
必死の祈りが通じたのか、3回目はようやく成功。手首の内側からというこれまた非常に痛いところでしたが、比較的すんなり入ったので苦痛は一瞬でした。

2回目の採血箇所。

3回目の採血箇所。ここは成功。
鎮静剤が静脈を流れて5秒くらいで頭がふーーーっとぼやけてきました。
そのあとの記憶はじつに不思議なものでした。
結論から言うと、思ったより全然苦しかったんです。もちろん、モニター見る余裕なんてまったくなし。
「飲み込むときはちょっと苦しいけど、入ってしまえば楽になる」というのは大嘘。たしかにのどの部分は通過後は少しは楽になるけど、今度は内臓のほうが痛苦しくなるんです。昔に比べてかなり管が細くなったとはいえ、固いものが通過するのはやっぱりずーーーっと違和感がありました。そうですね。10のうちなんとか一息つける感じだったのが1.7くらいで8.3はもがいてたって感じでしょうか。
途中何度も「はい。落ち着いて!」「呼吸整えましょう」「力抜いて」と声をかけられましたが、もがくのは私の意志ではなく、身体が勝手に反応するのでどうしようもないんですよ。「べつにあわててないんだけど…」と冷静になっている自分もどこかにいるのが不思議でした。
「唾飲み込むとよけいに苦しくなるから飲み込まないで」というのも、私は飲み込んでるつもりないんだけど、生理的な機能として反射的に飲み込んじゃうんですよ。唾液だけ外に出せば飲み込まないで済むってもんじゃないんですね。
ここまで読んだ人は、「そんなにはっきり憶えているなら鎮静剤の意味なんてないじゃん」と思うかもしれませんが、そうでもないんですね、これが。
説明が難しいんですが、鎮静剤って理性の部分が鈍るんですよ。
「痛い」とか「苦しい」とか「こういう言葉を言われた」とか、そういう事実のひとつひとつは認識できるし、憶えてるんですが、それがバラバラに存在していて、ひとつに統合されないと言ったらいいのかな。断片で存在しているだけで「意味」をもたないと言ったらいいのかな。そういう状態になると、動物的な反射反応だけが残るんですよ。
たとえば「次にこれがこうくるとこう感じるだろうな」という未来予測は、断片を統合し、分析し、想像する力を使わないとできない。そうやって予測するからこそ、事前によけいな恐怖が生まれ、緊張が高まり、苦痛が何倍にもふくらむわけです。
鎮静剤でそういう機能を鈍くすることによって、純粋に肉体的な苦痛だけを残すことができるのはたしかです。少なくとも「恐怖」は確実に薄まりますよね。
だから、そのときの不快な苦痛はたしかに憶えているんだけど、あとから振り返ると現実味がないっていうか、夢の中の出来事のようにも思えるんですよね。その瞬間、自分の理性がその状況をどう判断したかっていう記憶がないので。
わかってもらえるでしょうか、この感じ。
検査じたいはほんの数分で終了し、思った以上に短い印象でした。
入れる瞬間と抜く瞬間はあんまりはっきり憶えてません。経過が苦しかったことだけが残ってて。もっとつっこんで考えると、のどに噴霧麻酔をかけた瞬間も憶えてないし、マウスピースをくわえた瞬間の記憶もない。あらためて考えるとそういう細かいところは全部抜け落ちてるんです。とにかく「苦しい」というアバウトな生理的反応だけが強く残ってるんですよね。
終わったあとは、支えられて近くのベッドまで移動し、「ここで20分くらい休んでください」と言われました。
「唾液はここに出してください」とティッシュボックスを置いていかれ、たしかにあとからあとから大量に唾液が出てきたんですが、それが妙に白濁してねばっこいんです。
そのときはまだ「物事を論理的に考える頭脳」が半分麻痺していたので、そのことも不思議に思わず、ただ機械的に唾液を出していたのですが、今考えるとこれは検査前に飲んだカルピスもどきが逆流していたのかもしれない。
父は、「休んでください」と言われた次の瞬間に意識を失い、眠りこけたと言っていましたが、私は全然眠れませんでした。喉の麻酔もすぐにきれてしまい、あっという間に普通の状態に戻ってしまいました。
そう考えると、私の鎮静剤ってたいして効いてなかったのかも…という気もしてきて、終わってから急に腹立ってきました。胃カメラ飲むよりずっと長い時間かけて鎮静剤注射したのに、なんの苦労もなく注射できた人よりも効きが悪いとは何事だよ。
という不満を抱えつつも、とにかく無事終わったことにホッとしました。
昨日、結果を聞きにいきましたが、「異常なし」とのこと。潰瘍も逆流性食道炎の痕跡もありませんでした。
胃の中の写真も見せてもらいましたが、自分でいうのもなんですが思った以上にきれいなピンク色をしていて、ドクターにも「粘膜もきれいな状態ですよ」とほめられました。
ただ、小さなポリープはいくつかあったようですが、「心配するにおよばず」とのことでした。
薬もいらないみたいな感じでしたが、旅行のこともあるので、一応気休め程度の粘膜保護の胃薬をもらいました。
「時々食欲がなくなって胃が動かなくなるんですが」という訴えに関しては「気のせい。そういうふうに感じているだけで胃はちゃんと動いている」というわけのわからない答えが返ってきて却下されました。
まあ、とにかくなんでもなくてよかったよ。
これで心おきなく旅立てます。
皆さん、応援してくれてありがとう(←誰もしてないよ)。
その重石も一昨日のお昼で終わりました。
し・あ・わ・せ〜!
私と同じ体験をすれば、皆様もこのような幸福感を味わえること間違いなしです。
方法は簡単。
胃カメラの検査を入れればいいのです。
え。やだ?……まあ、そう言わずに。騙されたと思って。いや、ほんとに騙されたよ、わたしゃ。
私を知る多くの知人は「伊万里さんはいつでも食欲があって健啖家で胃腸も丈夫そうだねー」と言います。
たしかに若い頃はそうでした。若い頃はね。
「胃が具合悪いってどんなふうなの?」と真顔で問うて胃弱の人の怒りを買ったこともしばしばでした。
そんな私も寄る年波には勝てず、中年になってからは人並みに胃の具合が悪くなることが多くなりました。
最初は典型的な「夏バテ」で、暑くなると食欲が失せ、常に胃が重く動かない感じに。そのうちに暑くなくても「ストレスをいつも以上に受けたり忙しかったりする」だけでも同じような症状に見舞われるようになりました。
もっとも、これはずっと続くわけではなく、たいがいしばらくすると元通り復活してしまうので、それほど気にしてはいませんでした。
たまにバリウム飲んだりもしましたが、結果はいつも異常なしで、消化を助ける胃薬を出してもらえばよくなるくらいのレベルでしたし。
が、1ヶ月くらい前から、さらにいやな症状が出てきました。
夜寝ているときにすごーくムカムカするんです。痛みはないんだけど、胃が熱く感じられて、胃酸が出まくってる感じ。その気分の悪さといったらないんですよ。
これってもしかして……潰瘍…?!
急に心配になってきた私は、思い切って両親もかかっている胃腸クリニックに行ってきました。
じつは来週からちょっと海外に行くもので、なにか薬がないと不安だなーと思って。
「とりあえず薬もらっておいて、帰ったら検査してもらおう」
そんな甘い考えで受診したところ、即座に「内視鏡」のハンコをぺたんと押され、「すぐに予約を入れなさい」というではないですか。
正直、バリウムは覚悟してたけど、いきなり内視鏡がくるとは思わず、5歩くらい後ずさりしてしまいました。
「レ、レントゲンじゃないんですか?」
「いや、内視鏡で見ないと診断つかないから。内視鏡、やったことありますか?」
「いえ」
「じゃあよけいやってください。1回やっておけばいいから。何回もやる必要はないけど、1回はやっておいたほうがいいですよ」
「えー……でも薬は…?」
「診断つかないうちから薬は出せませんよ。見当はずれのもの出してもしょうがないし」
「あのー、これから旅行に行くんで、検査はそのあとででも…」
「それならよけいにすぐに検査してスッキリしてから行ってください。診断つけて適切な薬をもらってから旅行に行ったほうが安心でしょう」
いや、ご意見いちいちごもっともなんですけど。
私も他人が同じ立場ならこの先生と同じこと言ったと思います。
でも旅行前のあわただしいときにそんなヘビーなイベント入れるのはどうしても気が進まないし、ありていに言うと胃カメラだけは飲みたくなかった……。
私、喉に何かを突っ込まれるのって異常に苦手なんですよ。
ルゴール塗られるのも耐えられないくらい。
さらに20年ほど前に受けた全身麻酔の手術のとき、麻酔も鎮静剤もなにもないシラフの状態で鼻から胃までビニールチューブをつっこまれた地獄の体験がトラウマとなり、ますます胃カメラに対する恐怖が募っていまして…。
というと、「そんなの誰だっていやだよ」「喉に管つっこまれるのが平気な人なんていないよ」と反論されるかもしれませんが、それは違います。
他人の経験談を聞いても、胃カメラに対する感受性は非常に個人差があります。「胃カメラだけは死んでもいや。あんなもん、人間の飲むもんじゃねぇ」という激しい抵抗を示す人から、「そんなにいやでもない。バリウムのほうがいや」という人までいろいろです。
しかも前者のタイプは疑り深いのか、麻酔もあまり効かないタイプが多く、よりいっそう苦しみが増すのに対し、後者のタイプは往々にして麻酔もチョー効きやすい。いや、麻酔が効かないから嫌いになるのかもしれませんが…。
ちなみに、私の父は前者で、母は後者です。
2人の胃カメラ体験談を聞くと、「ホントに同じ検査を受けたのか?」と疑わしくなるくらい感受性に差があって、何を参考にしたらいいのかわからなくなってきます。
そもそも父がその胃腸クリニックに通うようになったのは、その病院が「胃カメラに鎮静剤を使う方法」をとっているためでした。
一般的に胃カメラは、のどの局所麻酔だけで行うやり方のほうがまだまだ多数派だと思いますが、とにかく胃カメラが苦手な父はこれにどうしても耐えられず、潰瘍をもっているにもかかわらず「もう(検査は)やらない」と言いだし、家族を困らせていました。
ところが知人の情報で「鎮静剤で意識をもうろうとさせた状態で胃カメラを飲む」というやり方を知り、試してみたところかなり楽だったらしく、以来素直に検査を受けるようになったのです。
一方、母は「鎮静剤なんていらない。噴霧の局所麻酔だけで充分。なまじ麻酔が効きすぎると終わったあといつまでも違和感が残っていや」と、「鎮静剤つき検査」を「大袈裟」とでも言いたげ。
私は当然「父派」なので、母の意見など参考にはしません。
だいたい「口を開けて何か噴霧されたなと思った次の瞬間、気がついたらもうカメラが胃の中に入ってた」なんて、そんな迂闊な人間の言うこと、誰が信じられるでしょうか?
気がつけよ! 内臓にカメラ入れられたんだからさ。しかも鎮静剤もなしにですよ。文明人とは思えません。人としてどうなの?と言いたいですね、私は。
前置きが長くなりました。
とにかくそういうわけで、「あの胃カメラ嫌いの父が受けられる検査なんだから、鎮静剤ありならいいか」と納得し、観念して検査の予約を入れたのが1週間前でした。
いやもうこの1週間は寝ても覚めても検査のことが頭から離れず…というのは大袈裟ですが、1日に5回くらいはふっと検査のことを思い出し「あー、やだ」「やだやだ」と老人のようにぼやきまくり、最後は家族に「うるさい」と怒られました。
なんかこんなにやだやだ言ってると、健康な胃を持った人間でもそのストレスで潰瘍のひとつやふたつできそうな気がします。
しかも、「検査の予約を入れると症状がよくなってしまう」という“唐沢の法則”通り、今回も検査が決まってから急に食欲が出てきてすっかり胃の不調は回復してしまったんですよ。
こうなるとますます「やだやだ節」も盛り上がろうというものです。
自分を納得させるため、さまざまな解釈を加えたりもしました。
「まあでも1回くらいやっておくなら今がいい機会かも」とか、「たしかに旅行中具合が悪くなるのはいやだし」とか、「本当に胃の具合が最悪になってから胃カメラ飲むのはもっとつらいかも。回復したくらいの状態のほうがいいか」とか、もっとせこいところでは「健康診断だと保険がきかなくて高くつくけど、具合が悪いときなら保険がきくからお得かも」とか(笑)。
そうこうしているうちに検査当日を迎えました。
「8時45分から」とかなり朝早かったので、朝に弱い私は二重に緊張し、朝4時に1回目が覚めてしまったくらいです(また寝たけど)。
クリニックに着いたのは8時30分。なんかこんなに早く着くとはりきってるみたいに思われてやだなと思いつつ(←思わないよ)検査票を提出。
検査着に着替えて、先に超音波検査を受けてから待合室へ。
胃カメラの検査って実際はそんなに時間かからないんで、何人か順番待ちしてて、次々に呼ばれていくんですね。
まず、その待ってる時間がいやでした。
こういうときに廊下にまで響くような声で苦悶のうめき声を発する人っているじゃないですか。勘弁してほしいです。待ってる側の身にもなってください。あんたはもう終わるからいいけどこっちはこれからやるんだからさ。
幸い、入ってすぐの部屋は簡単に検査の説明をするスペースで、実際に検査をするのはさらに奥のスペースになっており、今回はそういう心配はありませんでした。
呼ばれたのはかれこれ9時半すぎだったでしょうか。
「内視鏡は初めてですか?」といった質問から始まり、「のみこむときに違和感があると思いますが、入ってしまえばけっこう平気ですので、余裕があればモニターを見てみてください」という説明や「検査中は唾を飲み込まないでティッシュの上にそのまま垂れ流してください」という注意などを受けました。
と同時に「胃をきれいにする薬」と称するコップ1杯の「薄いカルピス」みたいなものを飲まされましたが、緊張のあまり味は覚えていません。
ここで私がもっとも心配していた重大なお願いをしました。
「あのー、じつは私、呆然とするほど血管が出ないんです。鎮静剤を打つのって静脈からですよね。なにとぞ、一番うまい看護師さんに入れていただきたいんですが」
前々から何回も自慢(?)していますが、私の血管の出なさ加減はかなりのものです。
「血管出ない選手権」があれば、日本一とまではいかないまでも東京地区代表くらいにはなれる自信があります。
普通の人にとっては「採血」なんてなんてことない医療行為でしょうが、私にとっては冗談でなく命がけです。
この血管のせいで、入院中は病棟中のナースから嫌われたこともあります。血管が出ないと検査も治療も人の何倍も時間がかかるため、しまいには「ごめんなさい。こんな嫌われ者の血管をもった私が悪いんです」と卑屈になってしまったほどです。
何回も刺されるのは本当につらいので、採血時には必ず「私は特別血管が出ないので一番うまい人にお願いします」とカムアウトするんですが、だいたいどのナースもたかをくくって「大丈夫、大丈夫」と聞く耳を持ちません。
で、刺そうとして初めて「しまった」と思うらしいのですが、ナースにもメンツがあるため、なかなか他の人に交替してはくれません。何回か失敗して青あざだらけになって初めて「一番うまい人」に替わってくれるのですが、私にしてみれば「だからあんたが最初からやってよ!」という感じです。
じつは1週間前に検査の予約を入れたとき、「肝炎に感染していないかどうかをチェックするための血液検査」と称して採血されたのですが、そのときもまさにこのパターンでした。
最初のナースはとれないくせに2回も貴重な血管をつぶし、しかも指の関節に近い超痛いところをぐりぐりこねくりまわし、「痛い」と散々騒いでいるのに、「痛い?」「痛い?」と聞きながら絶対に抜いてくれない。この人絶対Sだと思いました。で、入ったかっていうと結局入んないの。
その後、交替したナースはかなり自信があるらしく、痛くないところから一発でとってくれました。すかさず私は名札を見ましたね。そしてお願いしましたよ。
「あなたの腕はすばらしい。ついては1週間後に内視鏡の検査があるので、鎮静剤を注射するときはぜひあなたにお願いしたい」と。
でも1週間後のシフトはわからないらしく、「いたらやるけど、いないかも。でも他の人でもとれますよ。大丈夫、カルテに血管のある場所書いておきますから」とすげーいいかげんな答え。宝探しじゃないんだから、そんなの見て誰でも入るんなら苦労はねぇ!
話戻って。
検査当日、やはりその「採血名人ナース」は不在でした。くそ。プレッシャー感じて逃げたのか。
で、登場したのは「採血がかなりうまい」とされている師長さん。
この1週間、私が思い描いていた最悪のシナリオは、「血管さがしを甘く見て、のどに麻酔をしてから血管を探し始める→思いの他、血管さがしに手間取る→『このままでは胃カメラ飲むときに喉の麻酔がきれてしまう』という恐怖にかられるが、のどの麻酔が効いていて声が出ないので訴えることができない」というものでした。経験者談によると、ここでは喉の麻酔をしてから鎮静剤を打つとのことでしたので。が、師長さんは最初に鎮静剤注射から着手したのでまずは一安心。
わりと自信ありげに出てきた師長さんですが、案の定私の腕を見たとたん厳しい表情に…。ただでさえ出にくいところにもってきて、「朝起き抜け」「食事抜き」というバッドコンディションでいつも以上に事態は深刻でした。
「ない…………どこにもない………」
いや、あるよ。なきゃ生きてないって。
まずは1週間前に成功した「痛くない場所」に刺したものの、やっぱりそこは「幻の血管」だったようでした。
次にSのナースが「痛い?」「痛い?」とこねくりまわした関節のそばに刺そうとするので、「そこ、この間失敗しました」と忠告したところ、真剣な表情で「やめてください。こっちも緊張してるんです。プレッシャーかけないで」。
いや……そんなこと言われても、私だって無駄に刺されたくないし。
だいたい、胃カメラを飲むという最高にいやな仕事を直前に控えた緊張感マックスのこのときに、なぜこんな余計な苦痛を延々と味わわなきゃいけないんだよ。
関節のそばに刺した針は、一応入ったんですけど、非常に不安定な場所で、どうしても薬が入っていかなくて断念。入った場所を固定する人と、注射器をひく人と、2人がかりで頑張ったけどダメでした。
ますます焦りの色を深めていく師長さんを前にして、私の中にさらに最悪のシナリオが浮かび上がってきました。
それは「どうしても血管が出ないので、鎮静剤注射を諦め、鎮静剤なしで胃カメラを飲まされる」というシナリオです。
ひ〜〜!!お代官さま。それだけは勘弁してくだせぇ〜!!
必死の祈りが通じたのか、3回目はようやく成功。手首の内側からというこれまた非常に痛いところでしたが、比較的すんなり入ったので苦痛は一瞬でした。
2回目の採血箇所。
3回目の採血箇所。ここは成功。
鎮静剤が静脈を流れて5秒くらいで頭がふーーーっとぼやけてきました。
そのあとの記憶はじつに不思議なものでした。
結論から言うと、思ったより全然苦しかったんです。もちろん、モニター見る余裕なんてまったくなし。
「飲み込むときはちょっと苦しいけど、入ってしまえば楽になる」というのは大嘘。たしかにのどの部分は通過後は少しは楽になるけど、今度は内臓のほうが痛苦しくなるんです。昔に比べてかなり管が細くなったとはいえ、固いものが通過するのはやっぱりずーーーっと違和感がありました。そうですね。10のうちなんとか一息つける感じだったのが1.7くらいで8.3はもがいてたって感じでしょうか。
途中何度も「はい。落ち着いて!」「呼吸整えましょう」「力抜いて」と声をかけられましたが、もがくのは私の意志ではなく、身体が勝手に反応するのでどうしようもないんですよ。「べつにあわててないんだけど…」と冷静になっている自分もどこかにいるのが不思議でした。
「唾飲み込むとよけいに苦しくなるから飲み込まないで」というのも、私は飲み込んでるつもりないんだけど、生理的な機能として反射的に飲み込んじゃうんですよ。唾液だけ外に出せば飲み込まないで済むってもんじゃないんですね。
ここまで読んだ人は、「そんなにはっきり憶えているなら鎮静剤の意味なんてないじゃん」と思うかもしれませんが、そうでもないんですね、これが。
説明が難しいんですが、鎮静剤って理性の部分が鈍るんですよ。
「痛い」とか「苦しい」とか「こういう言葉を言われた」とか、そういう事実のひとつひとつは認識できるし、憶えてるんですが、それがバラバラに存在していて、ひとつに統合されないと言ったらいいのかな。断片で存在しているだけで「意味」をもたないと言ったらいいのかな。そういう状態になると、動物的な反射反応だけが残るんですよ。
たとえば「次にこれがこうくるとこう感じるだろうな」という未来予測は、断片を統合し、分析し、想像する力を使わないとできない。そうやって予測するからこそ、事前によけいな恐怖が生まれ、緊張が高まり、苦痛が何倍にもふくらむわけです。
鎮静剤でそういう機能を鈍くすることによって、純粋に肉体的な苦痛だけを残すことができるのはたしかです。少なくとも「恐怖」は確実に薄まりますよね。
だから、そのときの不快な苦痛はたしかに憶えているんだけど、あとから振り返ると現実味がないっていうか、夢の中の出来事のようにも思えるんですよね。その瞬間、自分の理性がその状況をどう判断したかっていう記憶がないので。
わかってもらえるでしょうか、この感じ。
検査じたいはほんの数分で終了し、思った以上に短い印象でした。
入れる瞬間と抜く瞬間はあんまりはっきり憶えてません。経過が苦しかったことだけが残ってて。もっとつっこんで考えると、のどに噴霧麻酔をかけた瞬間も憶えてないし、マウスピースをくわえた瞬間の記憶もない。あらためて考えるとそういう細かいところは全部抜け落ちてるんです。とにかく「苦しい」というアバウトな生理的反応だけが強く残ってるんですよね。
終わったあとは、支えられて近くのベッドまで移動し、「ここで20分くらい休んでください」と言われました。
「唾液はここに出してください」とティッシュボックスを置いていかれ、たしかにあとからあとから大量に唾液が出てきたんですが、それが妙に白濁してねばっこいんです。
そのときはまだ「物事を論理的に考える頭脳」が半分麻痺していたので、そのことも不思議に思わず、ただ機械的に唾液を出していたのですが、今考えるとこれは検査前に飲んだカルピスもどきが逆流していたのかもしれない。
父は、「休んでください」と言われた次の瞬間に意識を失い、眠りこけたと言っていましたが、私は全然眠れませんでした。喉の麻酔もすぐにきれてしまい、あっという間に普通の状態に戻ってしまいました。
そう考えると、私の鎮静剤ってたいして効いてなかったのかも…という気もしてきて、終わってから急に腹立ってきました。胃カメラ飲むよりずっと長い時間かけて鎮静剤注射したのに、なんの苦労もなく注射できた人よりも効きが悪いとは何事だよ。
という不満を抱えつつも、とにかく無事終わったことにホッとしました。
昨日、結果を聞きにいきましたが、「異常なし」とのこと。潰瘍も逆流性食道炎の痕跡もありませんでした。
胃の中の写真も見せてもらいましたが、自分でいうのもなんですが思った以上にきれいなピンク色をしていて、ドクターにも「粘膜もきれいな状態ですよ」とほめられました。
ただ、小さなポリープはいくつかあったようですが、「心配するにおよばず」とのことでした。
薬もいらないみたいな感じでしたが、旅行のこともあるので、一応気休め程度の粘膜保護の胃薬をもらいました。
「時々食欲がなくなって胃が動かなくなるんですが」という訴えに関しては「気のせい。そういうふうに感じているだけで胃はちゃんと動いている」というわけのわからない答えが返ってきて却下されました。
まあ、とにかくなんでもなくてよかったよ。
これで心おきなく旅立てます。
皆さん、応援してくれてありがとう(←誰もしてないよ)。
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1000円の「水」
「房総の仇を日光でとる」
ということで、2月にひき続き、3月の風水開運旅行に行ってきました。
今回はすばらしい好天に恵まれました。
このところ、曇りや雨や強風が多かったので心配していたのですが、この2日間だけ、エアポケットのように旅行日和になりました。思ったより寒くもなかったし、この時期としては最高に近い陽気でした。
3/18から運行開始したばかりの「新宿発日光・鬼怒川行き」の特急に乗り、2時間で東武日光へ。1日目は、いろは坂を通って中禅寺湖へ。途中、明智平の展望台に立ち寄りました。
じつは5ヶ月ほど前、紅葉のシーズンにも来たんですが、そのときの混雑ぶりといったらいやもう「日光地獄坂」といった感じでした。
平日にもかかわらず、日光駅から中禅寺湖まで渋滞で1時間半かかったし(しかも急カーブの続くいろは坂を立ったままで!)、上ったら上ったで帰りのバスがなかなか来なくて停留所で1時間半待たされるしで、結局ストレスをためただけで終わりました。
それが今回はうってかわって閑散としていて、明智平なんてあまりの客の少なさに、まだ3時前だというのに土産物屋もシャッターをおろす始末。あのー、私、まだ中にいるんですけど…。
中禅寺湖はさらに人がいなくて見渡す限り無人。。。。。
周囲のおもだった観光施設やレストランはだいたい4月からの営業なので無理もないんですけどね。
2日目は、東照宮をはじめとする二社一寺を参拝し、夕方早めに東京にひきあげてきました。東照宮はさすがにそれなりに混雑してました(土曜日だったし)。
総体的に気持ちよくまわれた旅だったんですが、またまた最後にいやな事が…。
東照宮に隣接する二荒山神社には、昔から有名な霊水の出るエリアがあります。
前にも一度ここでお水とりをしたことがあり、今回も旅の最後は絶対にここの水を持ち帰ると決めていました。
ところが、受付の表示をふと見たら「お水とりをする方は申し出てください」と書いてあるんですよね。前はこんなものなかったんだけど。
「専用のポリ容器を買えとか言われるのかな」くらいは思ったのですが、正直に申告。
そしたらなんと「1000円です」とこともなげに言うではありませんか。
…………………………1000円って…………。
よく見ると、その横に何リットルまではいくらとか細かい表示まで。
最低ランクで1000円なの。最低ったって20リットルまでとかそんな量なんですよ。
徒歩で来る旅行者が20リットル持って帰れるわけないじゃないですか。
しかもそこ、境内の奥にあって、そこに入るだけで200円とられるんですよ。
「お水とりをするのにさらに1000円払うんですか?」と聞いたら「いえ。200円を含めた値段です」という返事。
いや、そういう問題じゃなくてさ………。
正直、お水とりをする場所は受付からは見えないところなので、こっそり汲んできてもわからないと思うんですよ。持ち物検査するわけじゃないし。
でもさすがに神聖な水を汲むのにそれってどうなの?と思っちゃうじゃないですか。「お水とりをします」と申告した以上、「やっぱりいいです」と言って入るのも変だし。
しょうがないから払いましたよ。
そしたらさらに台帳をバンッと出して「ここに名前と住所書いて」。
はあ?
なんで?………………私、何か悪いことした?
個人情報保護法でこれだけあちこちで騒がれているのに、わけも言わずにいきなりこういうこと切り出すかねー。
よっぽど「いやだ」とつっぱねようと思ったけど、風水開運の旅では争いごとはタブー。せっかく吸収した良い運気も台無しになってしまいます。
一言でも文句を言ったら最後、絶対にとことんやってしまうと思った私は、おとなしく書きましたよ。
書いたけど書いた字がかなり怒っていたかもしれない(笑)。
結局、お水とりできたのは、280mlのペットボトル3本分でした。
1本333円かよ!………と思ったら、やっぱりムカムカ。
あのさー、200円の入場料で充分なんじゃないの?
見るからにでっかいポリタンクとか持ち込もうとしている人だけチェックすればいいじゃん。お水とりのできる神社は数あれど、どこでも皆勝手に汲んでますよ。
私が言いたいのは、お金を払ってまでお水とりをしようなんて人は皆(私も含めて)、多かれ少なかれ真剣なのだということです。
自分の力ではどうにもならない悩みを抱えていて、あとは神頼みしかないという切羽つまった気持ちで汲みにきている人は大勢いるんですよ。
そういう人から1000円とって名前書かせて楽しいですか?
なんか人の弱みにつけこんでるのが見え見えですっごく気分悪いんですけど。
それとも「1000円を高いと思うくらいの悩みならたいしたことない」とでも言いたいんでしょうか。
いかん、いかん。
こんなネガティブな感情を持て余していては運が目減りする。
お水はまだ飲んでいませんが、大事に摂取したいと思います。

雪をかぶった男体山。右下にうねうねしてる白い道がいろは坂。

明智平からの眺め。
中禅寺湖と、そこから流れ落ちる華厳滝がいっぺんに見られる好ロケーション。

こちらは中禅寺湖からエレベーターで100m下の滝壺までおりたところにある展望台。
日によって水量が変わるのだが、この日は毎秒0.3トンと少な目。

日が沈みかかった中禅寺湖。
空気が澄んでいて、周囲の山もくっきり近くに見えました。

泊まった旅館はけっこう外国人客が多いらしく、
部屋にこのような日本語・英語・中国語・韓国語・フランス語の
5カ国語で書かれた宿泊ガイドが。
このページでは「浴衣」について説明しています。
あらためて読むと日本旅館ってたしかに不思議な慣習がいっぱいある気がする。

東照宮で一番有名なものといえばこの「三猿」の彫刻。
「悪いことは聞かない・言わない・見ない」という戒めらしいが、
「言わない」はともかく、「都合の悪いことは聞かない」
「見て見ぬふりをする」というのはいかがなものか。
実際は「言わない」が一番難しそうだけど。

家光公お気に入りの「跳越の獅子」と呼ばれる彫刻。
石の柵を支える役割をはたしている彫刻だが、
重さを感じさせないように「今まさに柵を飛び越えた瞬間」を表現。
さらに、柵と獅子はひとつの石からできているというところがミソ。
別々に作って貼り合わせるなら簡単だけど、
二者を同時に切り出すためには、とてつもなく技術がいると同時に無駄も出る。
しかもかなり高級な石らしいです。

終日眺めていても飽きないことから「日暮門」とも呼ばれる「陽明門」。
とにかく彫刻すごすぎ。

陽明門の龍の彫刻群。
口の開け方がすべてちょっとずつ違うのがポイント。

陽明門の裏手の彫刻。
緑とセットで見るとよりゴージャスさがひきたつ。

陽明門の彫刻の一つひとつにはそれぞれストーリーがあるらしい(中国の故事とか)。
私のお気に入りはこれ。
「俺たち、こんなとこで芝居しててお客さん気づいてくれんのかな」
「大丈夫。誰かがきっと見ていてくれるよ」
ということで、2月にひき続き、3月の風水開運旅行に行ってきました。
今回はすばらしい好天に恵まれました。
このところ、曇りや雨や強風が多かったので心配していたのですが、この2日間だけ、エアポケットのように旅行日和になりました。思ったより寒くもなかったし、この時期としては最高に近い陽気でした。
3/18から運行開始したばかりの「新宿発日光・鬼怒川行き」の特急に乗り、2時間で東武日光へ。1日目は、いろは坂を通って中禅寺湖へ。途中、明智平の展望台に立ち寄りました。
じつは5ヶ月ほど前、紅葉のシーズンにも来たんですが、そのときの混雑ぶりといったらいやもう「日光地獄坂」といった感じでした。
平日にもかかわらず、日光駅から中禅寺湖まで渋滞で1時間半かかったし(しかも急カーブの続くいろは坂を立ったままで!)、上ったら上ったで帰りのバスがなかなか来なくて停留所で1時間半待たされるしで、結局ストレスをためただけで終わりました。
それが今回はうってかわって閑散としていて、明智平なんてあまりの客の少なさに、まだ3時前だというのに土産物屋もシャッターをおろす始末。あのー、私、まだ中にいるんですけど…。
中禅寺湖はさらに人がいなくて見渡す限り無人。。。。。
周囲のおもだった観光施設やレストランはだいたい4月からの営業なので無理もないんですけどね。
2日目は、東照宮をはじめとする二社一寺を参拝し、夕方早めに東京にひきあげてきました。東照宮はさすがにそれなりに混雑してました(土曜日だったし)。
総体的に気持ちよくまわれた旅だったんですが、またまた最後にいやな事が…。
東照宮に隣接する二荒山神社には、昔から有名な霊水の出るエリアがあります。
前にも一度ここでお水とりをしたことがあり、今回も旅の最後は絶対にここの水を持ち帰ると決めていました。
ところが、受付の表示をふと見たら「お水とりをする方は申し出てください」と書いてあるんですよね。前はこんなものなかったんだけど。
「専用のポリ容器を買えとか言われるのかな」くらいは思ったのですが、正直に申告。
そしたらなんと「1000円です」とこともなげに言うではありませんか。
…………………………1000円って…………。
よく見ると、その横に何リットルまではいくらとか細かい表示まで。
最低ランクで1000円なの。最低ったって20リットルまでとかそんな量なんですよ。
徒歩で来る旅行者が20リットル持って帰れるわけないじゃないですか。
しかもそこ、境内の奥にあって、そこに入るだけで200円とられるんですよ。
「お水とりをするのにさらに1000円払うんですか?」と聞いたら「いえ。200円を含めた値段です」という返事。
いや、そういう問題じゃなくてさ………。
正直、お水とりをする場所は受付からは見えないところなので、こっそり汲んできてもわからないと思うんですよ。持ち物検査するわけじゃないし。
でもさすがに神聖な水を汲むのにそれってどうなの?と思っちゃうじゃないですか。「お水とりをします」と申告した以上、「やっぱりいいです」と言って入るのも変だし。
しょうがないから払いましたよ。
そしたらさらに台帳をバンッと出して「ここに名前と住所書いて」。
はあ?
なんで?………………私、何か悪いことした?
個人情報保護法でこれだけあちこちで騒がれているのに、わけも言わずにいきなりこういうこと切り出すかねー。
よっぽど「いやだ」とつっぱねようと思ったけど、風水開運の旅では争いごとはタブー。せっかく吸収した良い運気も台無しになってしまいます。
一言でも文句を言ったら最後、絶対にとことんやってしまうと思った私は、おとなしく書きましたよ。
書いたけど書いた字がかなり怒っていたかもしれない(笑)。
結局、お水とりできたのは、280mlのペットボトル3本分でした。
1本333円かよ!………と思ったら、やっぱりムカムカ。
あのさー、200円の入場料で充分なんじゃないの?
見るからにでっかいポリタンクとか持ち込もうとしている人だけチェックすればいいじゃん。お水とりのできる神社は数あれど、どこでも皆勝手に汲んでますよ。
私が言いたいのは、お金を払ってまでお水とりをしようなんて人は皆(私も含めて)、多かれ少なかれ真剣なのだということです。
自分の力ではどうにもならない悩みを抱えていて、あとは神頼みしかないという切羽つまった気持ちで汲みにきている人は大勢いるんですよ。
そういう人から1000円とって名前書かせて楽しいですか?
なんか人の弱みにつけこんでるのが見え見えですっごく気分悪いんですけど。
それとも「1000円を高いと思うくらいの悩みならたいしたことない」とでも言いたいんでしょうか。
いかん、いかん。
こんなネガティブな感情を持て余していては運が目減りする。
お水はまだ飲んでいませんが、大事に摂取したいと思います。
雪をかぶった男体山。右下にうねうねしてる白い道がいろは坂。
明智平からの眺め。
中禅寺湖と、そこから流れ落ちる華厳滝がいっぺんに見られる好ロケーション。
こちらは中禅寺湖からエレベーターで100m下の滝壺までおりたところにある展望台。
日によって水量が変わるのだが、この日は毎秒0.3トンと少な目。
日が沈みかかった中禅寺湖。
空気が澄んでいて、周囲の山もくっきり近くに見えました。
泊まった旅館はけっこう外国人客が多いらしく、
部屋にこのような日本語・英語・中国語・韓国語・フランス語の
5カ国語で書かれた宿泊ガイドが。
このページでは「浴衣」について説明しています。
あらためて読むと日本旅館ってたしかに不思議な慣習がいっぱいある気がする。
東照宮で一番有名なものといえばこの「三猿」の彫刻。
「悪いことは聞かない・言わない・見ない」という戒めらしいが、
「言わない」はともかく、「都合の悪いことは聞かない」
「見て見ぬふりをする」というのはいかがなものか。
実際は「言わない」が一番難しそうだけど。
家光公お気に入りの「跳越の獅子」と呼ばれる彫刻。
石の柵を支える役割をはたしている彫刻だが、
重さを感じさせないように「今まさに柵を飛び越えた瞬間」を表現。
さらに、柵と獅子はひとつの石からできているというところがミソ。
別々に作って貼り合わせるなら簡単だけど、
二者を同時に切り出すためには、とてつもなく技術がいると同時に無駄も出る。
しかもかなり高級な石らしいです。
終日眺めていても飽きないことから「日暮門」とも呼ばれる「陽明門」。
とにかく彫刻すごすぎ。
陽明門の龍の彫刻群。
口の開け方がすべてちょっとずつ違うのがポイント。
陽明門の裏手の彫刻。
緑とセットで見るとよりゴージャスさがひきたつ。
陽明門の彫刻の一つひとつにはそれぞれストーリーがあるらしい(中国の故事とか)。
私のお気に入りはこれ。
「俺たち、こんなとこで芝居しててお客さん気づいてくれんのかな」
「大丈夫。誰かがきっと見ていてくれるよ」
ただ似ているというだけで。。。
「ベルサイユのばら」に行ってきました。
「ベルばら」にはいくつかヴァージョンがあるんですが、今日のは「フェルゼンとマリー・アントワネット編」。
ベースは今までに観た「フェルゼン〜編」と同じですが、今回はかなり改訂が加えられていました。
一言でいうとすごく説明が多くなってて、さらに人物の感情の流れがわかりやすくなった感じ。
とはいえ、原作を読んだ人や、他のヴァージョンを観た人にはわかるけど、初見の人はついてこられるのかな?という省略も一方ではあったりして、あらためて登場人物が多くてさばくのが大変なドラマだなと思いました。
一番意外だったのは湖月わたるのフェルゼンが予想以上にしっくり合っていたこと。
宝塚版のフェルゼンって(原作はそうじゃないけど)、観てるとすごーく身勝手で、正直あんまり感情移入できないんですよ。「不倫のくせに態度でけーんだよ」「おまえが言うな!」みたいな部分が多々ありまして(笑)。
ところが、わたるは持ち味が比較的「まっすぐ」というか「武骨」というか「質実剛健」というか「裏表がない」というか、いやこれ皆ほめてんですよ(笑)。その持ち味が「王妃への一途な情熱」という形にうまく昇華されていて、妙な説得力がありました。
前回観たときのフェルゼンは和央ようかだったんですが、彼女の持ち味は「影のある耽美(と私は思ってます)」なので、何をやってもスキッと明るくはならないんですね。
こういうタイプがフェルゼンのような役をやると「道ならぬ恋」に悩む暗さのほうが浮き立ってしまい、「情熱」というよりは「身勝手」な印象のほうが強くなる。
まあこれは脚本がそういうふうに書かれてるからしょうがないのかなーと思っていたのですが、わたるのフェルゼンは全然暗くないし、ほんとに「いい人!」って感じなので、終盤王妃を救おうとなりふりかまわず必死になるところとかもすごくよく伝わってきて、初めて「あー、いいじゃん。フェルゼン」と思わせてくれました。
思うにフェルゼンってあんまりスマートな感じじゃないほうがいいのかも。
当時のフランス宮廷におけるスウェーデン貴族の留学生というものがどういう位置づけだったのかはっきりわかりませんが、ちょっと田舎臭いというか、泥臭いというか、フランス貴族ほど洗練されていないという感じだと、その素朴で正直な部分に孤独な王妃がひかれていくのもわかるし、駆け引きができなくて簡単に宮廷中の噂になってしまうというどんくささも好感がもてると思うのですが。
いちいちひきあいに出して悪いけど、和央フェルゼンは最初の不倫からもう自暴自棄というか自堕落というか、開き直ってる感じがして共感できなかったんですよね。
うん。やっぱりスマートでかっこよすぎるんだと思う。一歩間違えると遊び人に見えてしまう。
その他、アントワネットもオスカルもとても人間的で共感しやすい造型になっていたのが印象的でした。
何度観ても「ベルばら」はドラマが濃厚でよくできているなと思いますね。
「ベルばら」観劇後、友人と私は遅い夕食をとりに、行きつけのイタリアンレストランへ。
そこで、私はある発見をしてしまい、そのことを友人に告げるべきかどうか迷ったのですが、思い切って言ってみました。
「ねえねえ。あそこにいる店員さー、Oちゃんに似てない?」
Oちゃんとは、友人が大のひいきにしている現宝塚のトップスターです。
私としては「えー、全然似てない」「やめてください」という反応を覚悟してたんですが、意外にも彼女の反応はまんざらでもありませんでした。
最初のうちこそ「えーーー、そうかなーーー」という肯定したくないモードだったのですが、2分3分と観察するうちに「うーーん。そう言われてみれば口元がちょっと…」「鼻のあたりもたしかに…」と容認モードに入ってきた。
そのうちに携帯に入ってるOちゃんの写真と店員の顔を真剣に比べ始めたじゃないですか。
しかも、おいおい、あんた、なに赤くなってんだよ(笑)。
べつにその店員、宝塚の男役みたいとか、かっこいいとか、そういうんじゃ全然ないんですよ。ほんと、そのへんによくあるっていっちゃ失礼だけど、ごくフツーの若い女性なんです。なのに、顔の雰囲気がちょっと似てるっていうだけで、なんでそこまで真剣になるんだ!!
と言ったら、友人いわく「Oちゃんが髪の毛のばしてああいう恰好したらあんな感じになるのかなーと思って」。その想像が楽しくてウキウキするんだそうです。
その後ずっと、友人はその店員が気になってしかたがない様子で、ずーーーっと目で追っていて、「もしかして妹かもしれない」と勝手に妄想をふくらませて興奮。
妹だったらどうだっつーの??
ていうか、「似てても他人」というケースのほうが圧倒的に多いと思うんですけど、なぜ妹妄想??
しまいには「名札を確認したい」とか言い出して、「デジカメで撮って画像を拡大してみようか」などとストーカーオヤジのようなことまで。。。
その店員はきっと「このおばさん、なんでさっきから私をジロジロ見るの?」と気持ち悪がってるでしょうねー。
帰るときには友人はすっかりいい気分になり、「また来よう」とご満悦でした。
いや、この一言でこんなに楽しんでもらえるとは私も思わなかったよ。
「ベルばら」にはいくつかヴァージョンがあるんですが、今日のは「フェルゼンとマリー・アントワネット編」。
ベースは今までに観た「フェルゼン〜編」と同じですが、今回はかなり改訂が加えられていました。
一言でいうとすごく説明が多くなってて、さらに人物の感情の流れがわかりやすくなった感じ。
とはいえ、原作を読んだ人や、他のヴァージョンを観た人にはわかるけど、初見の人はついてこられるのかな?という省略も一方ではあったりして、あらためて登場人物が多くてさばくのが大変なドラマだなと思いました。
一番意外だったのは湖月わたるのフェルゼンが予想以上にしっくり合っていたこと。
宝塚版のフェルゼンって(原作はそうじゃないけど)、観てるとすごーく身勝手で、正直あんまり感情移入できないんですよ。「不倫のくせに態度でけーんだよ」「おまえが言うな!」みたいな部分が多々ありまして(笑)。
ところが、わたるは持ち味が比較的「まっすぐ」というか「武骨」というか「質実剛健」というか「裏表がない」というか、いやこれ皆ほめてんですよ(笑)。その持ち味が「王妃への一途な情熱」という形にうまく昇華されていて、妙な説得力がありました。
前回観たときのフェルゼンは和央ようかだったんですが、彼女の持ち味は「影のある耽美(と私は思ってます)」なので、何をやってもスキッと明るくはならないんですね。
こういうタイプがフェルゼンのような役をやると「道ならぬ恋」に悩む暗さのほうが浮き立ってしまい、「情熱」というよりは「身勝手」な印象のほうが強くなる。
まあこれは脚本がそういうふうに書かれてるからしょうがないのかなーと思っていたのですが、わたるのフェルゼンは全然暗くないし、ほんとに「いい人!」って感じなので、終盤王妃を救おうとなりふりかまわず必死になるところとかもすごくよく伝わってきて、初めて「あー、いいじゃん。フェルゼン」と思わせてくれました。
思うにフェルゼンってあんまりスマートな感じじゃないほうがいいのかも。
当時のフランス宮廷におけるスウェーデン貴族の留学生というものがどういう位置づけだったのかはっきりわかりませんが、ちょっと田舎臭いというか、泥臭いというか、フランス貴族ほど洗練されていないという感じだと、その素朴で正直な部分に孤独な王妃がひかれていくのもわかるし、駆け引きができなくて簡単に宮廷中の噂になってしまうというどんくささも好感がもてると思うのですが。
いちいちひきあいに出して悪いけど、和央フェルゼンは最初の不倫からもう自暴自棄というか自堕落というか、開き直ってる感じがして共感できなかったんですよね。
うん。やっぱりスマートでかっこよすぎるんだと思う。一歩間違えると遊び人に見えてしまう。
その他、アントワネットもオスカルもとても人間的で共感しやすい造型になっていたのが印象的でした。
何度観ても「ベルばら」はドラマが濃厚でよくできているなと思いますね。
「ベルばら」観劇後、友人と私は遅い夕食をとりに、行きつけのイタリアンレストランへ。
そこで、私はある発見をしてしまい、そのことを友人に告げるべきかどうか迷ったのですが、思い切って言ってみました。
「ねえねえ。あそこにいる店員さー、Oちゃんに似てない?」
Oちゃんとは、友人が大のひいきにしている現宝塚のトップスターです。
私としては「えー、全然似てない」「やめてください」という反応を覚悟してたんですが、意外にも彼女の反応はまんざらでもありませんでした。
最初のうちこそ「えーーー、そうかなーーー」という肯定したくないモードだったのですが、2分3分と観察するうちに「うーーん。そう言われてみれば口元がちょっと…」「鼻のあたりもたしかに…」と容認モードに入ってきた。
そのうちに携帯に入ってるOちゃんの写真と店員の顔を真剣に比べ始めたじゃないですか。
しかも、おいおい、あんた、なに赤くなってんだよ(笑)。
べつにその店員、宝塚の男役みたいとか、かっこいいとか、そういうんじゃ全然ないんですよ。ほんと、そのへんによくあるっていっちゃ失礼だけど、ごくフツーの若い女性なんです。なのに、顔の雰囲気がちょっと似てるっていうだけで、なんでそこまで真剣になるんだ!!
と言ったら、友人いわく「Oちゃんが髪の毛のばしてああいう恰好したらあんな感じになるのかなーと思って」。その想像が楽しくてウキウキするんだそうです。
その後ずっと、友人はその店員が気になってしかたがない様子で、ずーーーっと目で追っていて、「もしかして妹かもしれない」と勝手に妄想をふくらませて興奮。
妹だったらどうだっつーの??
ていうか、「似てても他人」というケースのほうが圧倒的に多いと思うんですけど、なぜ妹妄想??
しまいには「名札を確認したい」とか言い出して、「デジカメで撮って画像を拡大してみようか」などとストーカーオヤジのようなことまで。。。
その店員はきっと「このおばさん、なんでさっきから私をジロジロ見るの?」と気持ち悪がってるでしょうねー。
帰るときには友人はすっかりいい気分になり、「また来よう」とご満悦でした。
いや、この一言でこんなに楽しんでもらえるとは私も思わなかったよ。
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「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!
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