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古伊万里★新伊万里

劇作家・唐沢伊万里の身辺雑記です

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16年越しの「譜めくりの謎」が今明らかに…!

 前回書いたサンクトペテルブルグ・オーケストラの話をもう1回ひっぱります。一緒に書いちゃってもよかったんだけど、ちょっと長くなりすぎるので分けました。

 じつは、今回オケ裏の席になって、もうひとつ楽しみにしていたことがありました。
 それは、「譜めくりの謎」です。
 ずーーーっと前から不思議だったんですよ。

 「譜めくりする瞬間に音が小さくならないのはなぜなのか?」

 だって全員が一斉に同じタイミングで譜をめくったら、その瞬間は音が切れちゃうじゃないですか。
 2人で1個の譜面台を見ていて、どっちかが譜めくりしたとしても、その瞬間は弾いてる人が半分になっちゃうんですよ。
 変だと思いませんか?

 この疑問を、以前、オーケストラで弾いてる人たちに聞いたことがあるんですが、開口一番「……いやなこときくなぁ」と言われました。
 さらにつっこんだら、「片方がめくってるときは、もう片方が頑張って倍の音量で弾くんだよ」と言われました。そんなアホな…。
 さらにさらに「でも、めくる寸前に弾くのがめんどくさいなーっていう部分がきたら、めくる人は『よっしゃ。弾かなくて済む。ラッキー』とか思いませんか?」としつこく食い下がったところ、若いメンバーは「あー、わかります。私、そういうときはゆっくりめくってる振りしてサボリますよ」と正直に答えてくれました。
 そのときは納得したような、しないようなって感じだったんですが、じつはこのときの私には根本的な認識が欠けていたんです。
 おそらく、オケの人たちにとっては常識すぎて、そんなこと相手は当然知ってて聞いてるんだろうと思っていたのでしょう。
 だからあえて説明しなかったんだと思います。
 その事実に、私はこの演奏会でようやく気づいたのです。

 オケ裏から見ると、誰がどのタイミングで譜をめくるのかが一目瞭然です。
 ところが、想像していたように、一斉に譜をめくることってないんですよ。しかも、譜をめくる回数がすごーく少ない。
 これはいったいどうしたことなのだ……と不審に思った末、ひとつの推論に思い至りました。

 「もしかして…オケの人たちってパート譜で弾いてるの??」

 要するに、自分の弾くところしか載ってないから楽器によってめくるタイミングもバラバラだし、1頁にいっぱい詰め込めるから楽譜をめくる回数も少ないのではないだろうかと。。。。
 そう考えればすべての辻褄が合います。 
 で、帰ってから専門家に聞いたらその通りでした。

 びっくりしましたよ。
 私はてっきり全員のパートがダーッと並んでいる楽譜を全員が見ているんだとばかり思ってたんで(それは指揮者だけが持っているんだそうです)。
 だってそれじゃ今どのへんやってるかとか、自分がいつまで休みだとかわかんないじゃないですか。
 ヴァイオリンとか、比較的弾きずっぱりになりがちなパートはまだいいけど、出番が少ないパートなんて、「このあと79小節休み」としか書いてないんですよ。不安になりませんか?
 
 これって、たとえば合唱でいうと、アルトはアルトのパートしか書かれてない楽譜を見て歌うようなものですよね。
 芝居で言うと自分のセリフだけ並んでる脚本を読むようようなものですよ。
 ありえないでしょう。
 でも音楽業界の人は誰も不思議だと思ってないようでした。

 ちなみに、弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)の楽譜は2人でひとつという決まりがあるんですが、見てたらどうも向かって左側(つまり前から見ると右側)に座っている人がめくるというルールがあるようでした。
 正確に言うと、コンマス(指揮者の左側に座っている)を一番外側と規定し、内側にあたる人がめくるということらしいですが。
 ってことは譜めくり担当席のほうに若輩が座るんでしょうね。
 そう言われてみると、めくるほうが「先輩ッ。自分、お邪魔でなければ今めくらせていただきます!」って感じで、もう一人はふんぞりかえって弓でめくったページをペシッと押さえたりしてなんとなく後ろ姿からも上下関係が伝わってくる気がする。
 でも時々若輩が出遅れてベテランが手を出しちゃうこともあったりして、そのときは「(あわあわと)す、すみません」「(憮然と)いいから」「(心の中で)やべー」みたいなやりとりが背中から伝わってきてこっちも緊張します。

 16年前にサイトウキネン・オーケストラのヨーロッパ巡業についていったことがあって(オケの人に話を聞いたのはこのとき)、そのときに「弦はエリートで個人主義っぽいけど、管楽器って上下関係すごいはっきりしてて体育会系だなー。金管グループなんてほとんどたけし軍団みたい」と感じたのを思い出し、もし管楽器が2人で1つの譜面だったらもっとこういう雰囲気が濃厚に漂うかも……などとマニアックな想像がふくらみました。

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「ハンカチ・マエストロ」と「ちょい不良コンマス」

 クラシックオタクの柿右衛門@弟からサンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団のチケットがまわってきたので杉並公会堂まで聴きに行ってきました。
 最近は、たまーにオペラに行くようになったものの、あらためて考えてみるとオーケストラを聴きにいくのは久しぶりかも。

 正直なところ、自分で積極的にとったチケではないし、予備知識もほとんどないまま行ったので、行く前はそれほど期待はしていませんでした。
 オーケストラって、オペラみたいにドラマを楽しめるものじゃないし、演奏されている曲を知らないと気持ちよくなって寝てしまう可能性大なので。
 ところが、座席番号をさがしあてたところで期待は一気にふくれあがりました。
 なんとオケの後ろ側の席だったんです。それも最前列!
 舞台よりさらに高い位置から見下ろすように鑑賞することになるので、指揮者の表情もよく見えるし、オーケストラのメンバー一人ひとりの様子も手にとるようにわかる。
 こんなにおいしい席に座ったのは初めてです。

 ありがとう、柿右衛門!

 まもなくメンバーが、そして指揮者が舞台に出てきて演奏スタート。
 演奏曲目はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からのダイジェストと、同じくチャイコフスキーの「交響曲第5番」。
 いやー、びっくりしました。
 なにがって音のでかさに。いや、ほんとに。でかすぎだよ、あんたら。で・か・す・ぎ!!
 だいたいどのオーケストラでも、「弦は音が大きいけど金管が弱い」とか多少はばらつきがあると思うんですが、このオケはどの楽器が、とかじゃなく、どいつもこいつもまんべんなくでかいの。これって本当にナマ音? どっかにマイク仕込んでない?っていうくらい。後ろから聴いててこれなんだから、前で聴いたらいったいどんなことになってるんだろうと蒼白になりましたよ。

 しかもソロパートがまわってくると、皆さん、さらに張り切ってでかい音に。
 フルートの3人官女は髪振り乱して親の仇のように吹きまくってるし、ハープは陶酔してトランス状態になっちゃってるし、手がベルの中に入らないくらい肥えた石ちゃんのようなホルン吹きは耳が壊れてるとしか思えないような大音量だし、普通はそんなに目立たないはずの中途半端なポジションのヴィオラも野太いうなり声をあげているし、コントラバスの重低音は劇団★新感線並の迫力、トロンボーンにいたっては思わず殺意をおぼえるほどの大音響でした。
 歌なら「身体が大きいから声もでかい」っていうのは納得できるけど、楽器って必ずしも力持ちだから大きな音が出るわけじゃないと思うんだけどなあ。なんで外人というだけでこんな音が出るんだろう。不思議だ。

 よくいえば「情熱的でパワフル」、悪く言えば「暴走集団」。
 当然のことながら、合わせるとか、リズムを正確に刻むとか、細かいとこには超大雑把。帳尻はなんとなく合ってるんだけど(当たり前か。帳尻も合わなかったらもはやオーケストラじゃないよな)。
 まあ一言でいってしまえば「全員のだめ状態」って感じでした。
 オーケストラは合わせるものですから、合わない時点でもうダメだと思うんですよ。一部の楽器が突出して目立ってしまったら全体の調和を乱してしまうわけだし。
 そういう観点からいったら決して「いい」とは言えないんですが、でも情に訴えるところは妙にツボをおさえてるんですよね。

 なんだろう。前にロシア民謡を聴いたときにも思ったんですが、ロシアの土着のスピリットってなんか日本人の郷愁にピッタリくるものがある。
 初めて聴く気がしないっていうか。「なつかしい」気がするの。
 チャイコフスキーは、ロシアの作曲家にしてはヨーロッパナイズされてる(=洗練されてる)ほうだと思うのですが、それでもやっぱり匂い立ってくる“ロシアの民族魂”みたいなものがあって、ロシア人が演奏するとそこがいっそう強調されるんですわ。
 そういうところは気持ちいい。たしかに。
 今まで聴いてきたオケは日本人中心が多かったので、こういうタイプのオケってあんまり聴いたことがないかも。
 日本人のオケは逆にきれいにまじりあってて正確でどこも突出することがないし、安心して聴いていられるんだけど、心がざわつくような感じはないんですよね。
 ……という国民性の問題で片づけようとしたら、どうもそれだけではないことがあとでわかりました。

 サンクトペテルブルグ・フィルは、旧ソ連でもっとも古い歴史をもつオーケストラで、帝政時代(19世紀後半)から活動していたそうです。ロシア革命でペトログラード→レニングラードと都市名が変わったのに伴い、オーケストラの名称も変化していき、1991年、ソ連解体でまた昔の名前(サンクトペテルブルグ)に戻りましたが、最も長く名乗っていたのがレニングラードだったので、世界的にはレニングラード・フィルという名称が一番なじみがあるかもしれません。
 このレニングラード・フィルの名声を築いたのが、1938年〜1988年という長きにわたって君臨してきたカリスマ指揮者・ムラヴィンスキーでした。
 今の姿を見ると信じられませんが、なんでもこの指揮者の時代のレニングラード・フィルは、非常に統制のとれた一糸乱れぬオーケストラだったとのこと。
 こういう伝統というのは、オケメンバーの世代が変わったからといってそれだけでそうそう簡単に変わるものではないそうなので、となるとこの変化は「指揮者が変わったから」という理由も大きいと思われます。
 「オーケストラが暴走する」のは、「指揮者がなめられているから」というのが業界のお約束(これは演劇も同じです)。指揮者のキャラの問題にくわえ、ソ連解体→民主化という社会の流れに呼応するように、オーケストラの民主化も進んでいったのかもしれませんね(ムラヴィンスキー死去とソ連解体がちょうど入れ替わりくらいの時期だったというのも偶然だけど皮肉といえば皮肉だし、なにやら象徴的です)。

 現在の指揮者・テミルカーノフは、ムラヴィンスキーのあとを継いだ指揮者ですが、ムラヴィンスキーの50年にはおよばないものの、就任期間18年はかなりの長さです。
 にもかかわらず、私がそばで観た印象では、「指揮者のカラーとオケのカラーがちぐはぐ」な感じがしたんですよね、たしかに。
 テミルカーノフは、一言でいうと「すかした爺さん」って感じ。ちょっと気取ってて、ジェントルで、たとえていうなら柳生博系(笑)。「ナイスミドルって呼んでいいよ」みたいな雰囲気。
 1曲終わるたびに懐から白いハンカチを出して汗をぬぐうさまはまさしく「ハンカチ・マエストロ。まさか「日本ではこのパフォーマンスがうける」とかリサーチしてきたんじゃなかろうな(笑)。

 対して、オーケストラのメンバーは野性とパッション優先の「のだめ系」。今にも農民一揆とか起こしそうで、いかにも相性悪そうです。
 中でも気になったのはコンサートマスター。これがまたひとくせありそうなおっさんなんですよ。容貌は「池田理代子のマンガに出てくる精悍でセクシーなおじさん系」とでもいいましょうか。長めの銀髪を無造作にかきあげるワイルドな仕草といい、鋭い視線といい、チューニングで立ち上がるときの無駄に派手なパフォーマンスといい、目が釘付けになるかっこよさ。ちょっといかつい「ロシアのちょい不良オヤジって感じです。
 このコンマスが団員をザザッとねめまわすさまは、まさに「影の番長」。「ベルばら」で言うと、フランス衛兵隊にオスカルがやってきたときのアラン・ド・ソワソンみたいなポジションです。「悪いが、俺ら、あんたの下では働けねえ」とか言っちゃうタイプね。
 思えば、この「ハンカチ・マエストロ」と「ちょい不良コンマス」のちぐはぐさが、すべてを物語っていたのかもしれません。わかりやすく言えば、担任が替わってクラスが荒れちゃった状態。「学級崩壊」は言い過ぎですけど。

 終演後、後ろの客(女性)が「ホルンの音が汚い。無神経すぎる。あれっていいと思ってやってるのかな」と怒っていましたが、それに対して連れの男性がひとしきりウンチクを語ったあげく、最後に

「まあ、要するにロシア人っていうのは抑制のきかない民族なんだよ」

 とまとめていたのが笑えました。
 たしかに、本来のロシア人はきっとこういう熱いキャラで、指揮者の力が強かったソ連時代はそれがたまたま抑圧されてたんでしょうね。

 その他、ツボだったこと。

●アンコールでスタッフから花束を受け取った指揮者、ヴィオラの2列目にいるおばちゃんにあげていた。まあ、指揮者がもらった花束を女性メンバーにあげるのはお約束らしいが、もっと若い女性もいっぱいいたのになぜこのおばちゃんに? おばちゃんも意外だったようで「あら、私?」みたいなまんざらでもない顔をしていた。想像ですが、このおばちゃん、オケの労組の役員かなんかしてて、日頃激しく指揮者を糾弾していたのではないだろうか。花束贈呈はもちろんハンカチ・マエストロの政治的策略ね。やるなー。柳生博。

●比較的地味な1曲目のアンコールが終わったあと、にこやかに指揮者が再登場し、挨拶をしていたかと思ったら、いきなり(なんのタメもなく)2曲目のアンコール(プロコフィエフの激しい曲)が始まった。この「いきなり始める」というパフォーマンスもけっこう指揮者がかっこつけたいときにやるパターンらしく、その「いきなり」に涼しい顔でついてくるオケのメンバーもまた「職人はいかなる状況でもやるのさ」みたいなかっこよさをアピールできる。……と思いきや、ふと見ると最後列(つまり私の席からは一番近いところ)のクラリネット奏者1人だけが、この「いきなり」についていけなくて、「え? どこ? どこ? きいてないよ〜」って感じでクラを口にくわえたままあせってものすごいスピードで譜面をめくりまくっていた(笑)。この人、ソロもいまいちの出来だったんでエキストラかもしれないなー。

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「フラガール」を観ました


 日頃、観劇に追われてなかなか映画まで手がまわらないんですが、今年は「私にしては」よく映画を観ています。ただし、邦画ばっかりなんですけどね。
 観たいと思うものがたまたま邦画だということもあるし、字幕が年とともにうざくなってきたというババくさい理由もあります。

 そんなわけで、つい最近は「リピーター続出!」という評判の良さに惹かれて「フラガール」を観てきました。
 いやー、よかったです。まじで。観てよかった。
 「明るい青春もの」や「コメディっぽさ」や「軽いノリ」を期待していくとちょっと戸惑うかもしれませんが、かといって「押しつけがましい人情もの」「重苦しくシリアスな社会派」というわけでもなく、きわめてバランスよくニュートラルに作られたまっとうな映画でした。

 「フラガール」は配給会社も大手じゃないし(だから宣伝もそれほどされていなかった)、上映館もわりと限られているし、どちらかというと低予算で地味に作られた映画だと思うのですが、観た人の口コミの力でじわじわと客を呼び、異例ともいうべきロングランを続けているらしいです。
 「ゆれる」もそんな感じのパターンですが、観た人の支持で作品が育っていくというのは(滅多にないことですが)作り手にとっては本当に嬉しいことです。
 作った当人たちはもちろんのこと、他の作り手たちにも「自分も頑張っていいものを作ろう」という勇気と希望を与えてくれますからね。

 で、さっそくその感想をアップしようと思ったんですが、じっくり語りたいため、ホームページのレビューに載せることにしましたので、よろしければお立ち寄りください。
 HPにはコメントする場所がないので、「フラガール」に関してコメントしたい方はこの記事のコメント欄にお願いします。

 あとどのくらい公開が続くのかわかりませんが、フラダンスの迫力もさることながら、美術スタッフもかなり頑張っているので(炭坑長屋のリアリティは特筆もの!)、観るならばぜひ劇場で!とお勧めします。
 泣くつもりなくても勝手に泣いてしまうので、観るなら一人がいいかも。あと腫れた目を隠すための季節はずれのサングラスも必要かも(笑)。

 そうそう。フラダンスもすごいんだけど、個人的には蒼井優の福島弁がうますぎて驚きましたよ。
 東北出身じゃないのにいい雰囲気出しすぎです!

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プロフィール

HN:
伊万里
性別:
女性
職業:
劇作家・ライター
趣味:
旅行 骨董 庭仕事

著作



「RE>PLAY〜一度は観たい不滅の定番」

Webサイトで連載していた演劇評をまとめて出版したものです。
「演劇って、興味なくはないけど何を選んだらいいのかわからなくて」………ビギナーが感じがちなそんな敷居の高さを取り払うために書きました。
数多い名作の中から「再演されたことのある作品」に絞り、 唐沢がお勧めの25本について熱く語りたおします。ビギナーからオタクまで、全種適用OK!

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